JAKARTA


ひたすらめんどくさい

1998年のシンガポールで、僕はインドネシア入りをあきらめた。当時、かの地ではスハルト政権打倒デモが吹き荒れており、ペルニ船を乗り継いで島巡りをするにはリスクがありすぎた。それからもう19年が過ぎていた。東南アジアの首都の中で唯一訪問することのなかったその地をいつか訪れようと先延べにしてきたが、とうとうそれが現実のものとなる日が来た。

ジャカルタはめんどくさい場所だった。バンコクよりひどい渋滞。右折できないルールのせいで小路に入らざるを得ないタクシー。歩きにくい道の造り。垂直に降り注ぐキンギラの陽光。かと思えばだらだら降り続く雨。こまごましたことで要求される過剰な金銭要求。少し危険も感じる街の雰囲気。中心部の定かでない街の造り、どこかに必ず欠点のある中級ホテル。これといった観光名所もなく、ぜひ行ってみたいと思わせるレストランやライヴハウスもない。

バタムと雰囲気が似ているのは同じインドネシアだから当然として、プノンペンやサイゴン、マニラ、そしてバンコクとも、建物や道路や店の造りが似ている。ここにヴィエンチャンやヤンゴン、そして香港とシンガポールを入れれば、アジアの街がどのように発展していくのかの絵巻物が作れそうだ。そして、そのどれと比較しても、街の魅力にも利便にも話題性にも欠けるのが、残念ながらこのジャカルタなのだ。

インドネシアのように、地方の独自文化が眩く輝く国にあって、首都はすべての色が混じりあった沈着を見せるのかもしれない。あるいはバンコクのように、それぞれの地方の空気を思う存分吸ってから戻ってくるとその息吹のわかる街なのかもしれない。よく分からない中、ただ一つはっきりしているのは、ジャカルタは生活者や通過者のための街であることだ。その位置づけはクアラ・ルンプールと驚くほど似ている。ただ、どちらの街も広い。今後、もっといろんな場所を巡ることがあればその魅力がクロースアップされてくるのではないかと、異国情緒に満ちた夜のコタ駅の雑踏を歩きながらふと思ったりもするのだった。


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footprints

コタ駅は終着駅の風情
コタ駅周辺はすごい人通りだった
周辺には歴史を感じさせてくれる建物が多い
こちらもそんな風情満点
駅周辺には侘しげな出店が並ぶ
夜の屋台を見かけるとほっとする
以前のバンコクを思い出す建物の姿
細道にこそ庶民の日常がつまっている
交通整理している少年が手数料を取る…
小さな屋台だと移動が便利ですね
バス専用レーンがあるけど、タイ以上に普通車も乗り入れていた
パダン料理店をいろんなところで見かける
鍋料理、食べたかったけど閉まってた
ラクサを発見!
シーフード料理店で「麺料理はある?」と
出てきたのがこれ
あ、ローソンだ!
けっこう大きな店だった
ジャカルタの舗道はがたがたの上にちょっと臭うことも
スカルノ・ハッタ空港のデパーチャー階
民族衣装のおじいちゃんも
アライバルを出たところにも喫煙所が
空港到着コンコースは雑然としている
パスポートコントロール前で手荷物検査を受けていたのに、
その後に買った水を持ち込み禁止と言われて腹いせに全部飲み干す
待合ロビーから庭園が見下ろせる
郊外都市ブカシまで、中国が高架鉄道を建設中だが、
進捗状況はよくない様子
インドネシア煙草といえばガラム

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