Center - BANGKOK


「今」がすべてのバンコク

 サイアム・スクエアマーブンクローン・センターサイアム・パラゴンなどが並ぶバンコクきっての繁華街にBTSが通ったとき、その駅名が「サイアム」となって少し驚いた。「サイアム」とは、タイの旧国名である「シャム」のことで、発音のカタカナ表記が異なるだけで綴りは同じである。旧中心地であるラッタナーコーシン島ヤワラートではなく、押しも押されぬ現在のタイ随一の繁華街にその名が与えられることが、実にタイらしい思いがした。東南アジアでは長らく史実を書物に遺すようなことをしてこなかった。今がすべて、それが彼ら・彼女らの生き方の第一歩。だから、ここが「サイアム」なのだ。

 サイアムからすぐ東にはラーチャプラソン交差点周辺のセントラル・ワールド・チッドロム(旧称ワールド・トレード・センター)や、元そごうのアマリンとエラワン、高級志向まっしぐらのゲイソン・プラザが並ぶ一角も控え、その北には大衣料街のプラトゥーナーム、さらに北には庶民的なアヌサワリー・チャイ周辺の界隈が続き、南にはビジネス街かつ高級ホテル街であるシーロム通りがあり、どこも人でごった返している。




サイアム

 押しも押されぬバンコクの中心街。サイアム・ディスカヴァリー・センターのオープン後、BTSの開通によってスクンヴィット線とシーロム線の唯一の乗り換え駅になったことで、地殻変動はさらなる勢いをもった。

 マーブンクローン・センターがMBKと名称を略章化(とはいえ、あまり定着していない)して一大改装を行い、店内が明るくなった。このショッピング・コンプレックスは、庶民に人気だがステイタスのある場所として、物見遊山な客ばかりでなく、実際に物流が多い店舗なので、この改装の意味は大きい。人気を博していた6階のフード・コートは、今では日本食やヴェトナム料理コーナーまで開業し、5階にも別のフード・コートをオープンさせている。

 また、これまで高級路線というとこの界隈ではサイアム・ディスカヴァリー・センターがその役を担っていたが、いかんせん敷地面積がさほど広くなかったところへ、隣接しているサイアム・センターの反対隣りにサイアム・パラゴンがオープン。バンコク都民の所得向上に合わせ、セレブ志向の決定打となっている。また、この機会にサイアム・センターも大改装を決行。マーブンクローンとサイアム・パラゴンの中間点を狙う方向性がさらに明確になった。

 一方、これまでバンコク流行の発信源であったセンター・ポイントは土地所有者のチュラロンコーン大学との契約期間が満了してサイアム・スクエアでの使命を終え、野外ステージではないが、セントラル・ワールドに移動。跡地にはデジタルゲートウェイ@センターポイントが開業している。また、バンコクのインディー・レーベルの後見人ともいえたDJサイアムは売り場面積を縮小し、露店と化してしまっている。CDショップといえば、サイアム・センター4階でも、タワー・レコードが撤退したあとにそっくり敷地を受け継いだCDウェアハウスも撤退し、サイアム・スクエア南ブロックに大型店舗を構えたイマジンも短期のうちになくなってしまって、残念なことしきりである。その南ブロックは最も再開発の波が激しく、タイスキ店では僕の一押しだったカントンも姿を消している。

 バンコクの繁華街という言葉を一手に引き受けている地だけに、時代の趨勢をまともに反映するのは至極当然のことながら、汗臭さと薄暗さとごちゃまぜ感が渦巻いていた熱気を知る者にとっては、垢ぬけた風情のバンコクっ子たちの颯爽とした姿が少しばかり寂しい。


=以下は、2001年ごろの記事=

 もともとチュラロンコーン大学の敷地だった一部を譲り受けて開発されたサイアム・スクエア(サイヤーム・サクウェー)は相変わらず、最も若者の集まるスポットだろう。特に、センター・ポイントに野外ステージが設置されオープン・カフェが並ぶミルク・ガーデンができて、この一帯にヒップな感じが戻ってきた。集まる若者も、同じサイアム・スクエアでもちょっと違う。BTSの駅も2路線ともサイアム駅を通っており、これも追い風になるだろう。

 小売店が無秩序にフロアにつめこまれたマーブンクローン・センター(7階がオープン)、外観は野暮ったいがトバした店舗が依然目白押しなサイアム・センター、そのすぐ横で同じ様な性格づけのサイアム・ディスカヴァリー・センター(LOFTが入店しているが雰囲気が違う)もあって飽きない。



●BTSサイアム駅下車


ラーチャプラソン (チッド・ロム)

 バンコク一の繁華街は実際のところ、サイアムとこのラーチャプラソン交差点周辺の二か所である(お互いに目と鼻の先の距離ではあるが)。サイアムを若者中心の街のイメージだとすれば、ラーチャプラソン周辺は大人の街。

 まず、この地域で常に真っ先に語られるのがセントラル・ワールド・チッドロム。そりゃそうだ。敷地面積が半端ではない。日本から来た旅行者が、そのスケールに度肝を抜かれてもおかしくはない。北エリアに伊勢丹・南エリアにゼンが入っており、その中間部はセントラル・ワールドの専門店街がずらりと並んでいる。タイで最も大きな百貨店グループであるセントラルが買収するまでは「ワールド・トレード・センター」という名称だったが、そのときからこのスケールだった。グループ傘下に入って一大改装してからは、白を基調とした明るさが目立つようになった。ただ、2010年5月のUDDデモによって広場が長期占拠され、しかも最終的には暴徒によって南側のゼンと、それに接する吹き抜け部分(右写真)が崩れ落ちてしまった。現在再開発中であるが、痛ましい事件の記憶は今後も長らく消えることはないだろう。

 セントラル・ワールドの角向かいにはエラワン・プームがあり、この小さな祠のことを知らないタイ人は多くないだろう。現在のグランド・ハイアット・エラワン・ホテル(開業当時はエラワン・ホテル)が開業の際、難工事に苦しんだが、この祠を造って祈りを捧げたところ、その後はスムーズに作業が進んだところから、タイで最も人気のパワー・スポットとなっているのである。そのすぐ横には、かつてはそごうだったエラワンとアマリンがある。それぞれそごうの名がなくなっても、改装して営業しており、エラワンはそごうのときから高級志向だったが、その傾向は維持されている。

 また別の角には、完全高級志向のゲイソン・プラザがある。ここはデザイナーズ・ブランドのオン・パレードで知られる、相当ハイソなビルだ。かつてはこの北隣に半官半民の民芸品販売所として知られたナーラーイ・パンがあったが、現在は再開発されてただのホテルになってしまった。この並びには地方展開でも知られるビッグCがある。もともとビッグCの総本山ともいえる大きな店舗が現在の位置より少しソイの奥にあったが、通りに面した旧大丸の跡地に移転し、あかぬけた雰囲気で人気を博したが、こちらも先のUDD騒動で焼き討ちに遭い、現在も復旧中である。この界隈の奥には以前の雰囲気を残した商店が並んでいたが、現在その多くが再開発で立ち退きとなってしまった。

 セントラル・ワールド・チッドロムの北側には今もイサーン料理の屋台が並び、賑わいを見せている。また、その北の運河にはボートが運航しており、渋滞を避けて移動できる庶民の足となっている。このボートは水しぶき除けのためビニール・シートで視界が遮られることがほとんどだが、運よく垣間見ることができれば、運河付近の昔ながらの景色の奥にセントラル・ワールドの姿が見えて、そのミス・マッチに都市開発の現実が見て取れて面白い。


●BTSチッド・ロム駅下車。


シーロム/スリウォン

 クルンテープを代表するオフィス街でありながら、セントラルロビンソン(両方ともタイを代表する百貨店)を核として商業地としても栄え、オリエンタルシャングリラロイヤル・オーキッド・シェラトンなどの一流ホテルを備え、ゴー・ゴー・バーや土産物屋の並ぶパッポンや、無数の日本人カラオケで埋め尽くされたタニヤなど、夜の町としての顔も合わせ持つ、なんともはやオール・イン・ワンな地域。

 どちらの通りにもいろんな出店がたつが、スリウォン通りは歩道が狭いため、テイクアウト用の食べ物屋台が多く、シーロム通りの北側の歩道では反対に、衣類やお土産品・コピーDVDなどの店が圧倒的だ(コピー商品は2009年あたりから取り締まりが厳しくなって、見かける機会が少なくなってきた)。また、シーロム通り南側歩道では食べ物屋台が多い。ガイド・ブックなどではあまり触れられていないことだが、シーロム・ソイ6や向かいのソイ・コンベント、ソイ・ピパット、ソイ・サラデーン辺りにはメキシカンや韓国、中華、アイリッシュなどいろんな国の料理店・パブが集まっている。

 シーロム通りは夜半から東行きだけ交通規制をし始めた。ここで客引きをしているタクシーはメーターを使おうとしないので、反対車線に出て流しを拾うのがベスト。また、スリウォン通りでも道幅が細いせいか、値段交渉でしか客を拾おうとしないタクシーが多い。

 シーロム通りの東端には、バンコク初の5つ星ホテルのドゥシット・タニー・ホテルがあり、ランドマークとなっている。その東向かいには長らくロビンソン・デパートがあったが、2008年に閉店となった。僕がタイで初めて訪れたデパートだけに、残念だ。一方、スリウォン通りの東端にはタイ・シルクの総本山ともいわれるジム・トンプソンの本店がある。

 プラ・ラーム4通りに近いタニヤは、初めて足を踏み入れた旅行客を唖然とさせる。この道の両側に所狭しと並ぶ看板は圧倒的に日本語ばかり。その多くが日本人カラオケのものである。よくもこれだけのカラオケ店がひとつところで共存できているものだ。バブル崩壊以降の日本経済に合わせて、こういった店の入れ替わりは一層激しくなっているようだが、まずは溜息である。こうした事情から、1階店舗には日本料理店も多く、その営業時間も若干の遅くまでになっている。シーロム通り近くにはゴルフ・ショップの多いタニヤ・プラザがあり、ここには日系の書店や古本屋、DVDレンタル・ショップもあるので、在住日本人には名の知られたビルである。

 タニヤを西に進むと、パッポンの入り口が見えてくる。この一大歓楽街は、インドシナ戦争(ヴェトナム戦争)時の米軍の存在が大きな影響を与えたようだ。アメリカ人に親しみやすいバー形式で人気を博し、そのままこの地にゴー・ゴー・バーを定着させた。その門前を狙って多数の土産物屋台が宵の口から通りを埋め尽くしているが、今ではこちらの方が人気となっている感じがする。観光客・泥酔客も多いことから、ここで何かを買うと大抵は高くつくが、タイ土産としてどういうものがあるのか見て回るにはもってこいであろう。バンコク銀行本店はここから近く、シーロム通りに面している。また、日系銀行である三井住友銀行もある。

 さらに西に進むと、チョーン・ノンシー通りに出る。ここは整備されて広い道幅が確保されている。それだけに開発はこれからもっと盛んになるだろう。現在は、若干中国系の料理店やトラベル・エージェンシーが目立つ。また、スリウォン通り側にはソンブーン・パタカーンというレストランがある。支店はいくつかあるが、ここが最も有名で、しかもおそらくこの店が一番おいしいと、個人的には感じる。この道はシーロム通りを越えて南に続き、ここには専用レーンを走るバス路線がタイで初めて、2010年に開業している。副都心とも囁かれるプラ・ラーム3通り周辺の地域を走り、今後さらに需要が膨らむだろう。

 ここから西側は、高級ホテル街というほかに目立つものが少ないが、土産物店の並ぶシーロム・ヴィレッジや、タイでは珍しいインド寺院のスリ・マハーマリアムマーン寺院がある。スリウォン通りもシーロム通りも、終点はチャルンクルン通りとの交差点。このあたりでは、64階建てのレ・ブア・アット・ステイトタワー(ホテル)屋上にあるスカイ・バー「シロッコ」が大人気。ここから見る夜景は、バンコクを幻想的に見せてくれるだろう。


●BTSサラデーン駅を下車したところがシーロム通りで、そこから少し北に併走しているのがスリウォン通り。


ランスアン/ソイ・トンソン/ウィッタユ/ソイ・ルアムルディー

 この4本の並走した道は、バンコク中心部にありながらどこかハイソな郊外型地区のイメージがある。実際、高級コンドミニアムやサーヴィス・アパートが並び、交通量もけっこうある割には雰囲気が瀟洒で落ち着いていて、どこかトンローとも位置づけや雰囲気が似ている。

 ランスアン通りには、ルンピニー公園とぶつかるサラシン通りとの三差路角にあるウォン・リーは老舗レストラン。中華色が強い店で、深夜までの営業が嬉しい。また、通りの中ほどにある養生堂(ヤン・セン・タン)も医食同源を謳う中華料理店で、手ごろな値段でおいしい。近くにはスターバックスもあり、タイではハイソなカフェとして賑わっている。サラシン通りには老舗ジャズ・バーのブラウン・シュガーがある。

 ウィッタユ通りの南角には数年に渡って陸軍の所持する土地にルンピニー・ナイト・バザールがオープンしていたが、再開発されており、ホテルやショッピング・センターがオープンする予定。反対側はルンピニー公園で、バンコク中心部にありながら広い公園となっており、文字どおり市民の憩いの場である。朝は太極拳をする老人たちで、夕方は野外エクササイズの女性たちで賑わう。池にはミズオオトカゲが飼育されており、ボートで近づくこともできる。サラシン通りとの角にはビッグ・エコーの1号店があって長年親しまれてきたが、いつの間にか閉店してしまっている。このとおりの北側には各国大使館が並び、庭園の素晴らしさを眺めることもできる。

 ソイ・ルアムルディーは、この4本の道路の中でも、最も高級感が強い。ソイの名にふさわしい細道ではあるが、フランス料理店やイタリア料理店など、各国料理が目白押しだ。


●ランスアン/ソイ・トンソン/ウィッタユはBTSチッドロム駅とプルンチット駅の間に位置し、ソイ・ルアムルディーはプルンチット駅のすぐ東にある。


プラトゥー・ナーム

 バンコクで衣料街といえばここ、プラトゥーナームである。百貨店や高級ブランド・ショップのテナント・ビルの並ぶラーチャプラソン交差点(BTSチッド・ロム駅すぐそば)のひとつ北にある四つ辻で、日中はもとより、深夜営業しているこの四つ辻南東角のカォ・マン・カイ屋が美味だと有名で、人いきれが絶えない。衣料卸売りは四つ辻から見て北西一帯に広がり、細い市場の路地は途中で2階にしか通じなくなっていたり、何度も曲がりくねって元の場所に出たりと、さながら迷路の様相である。また、ここ数年は若年層にも訴えるファッション・ビルが数ヶ所に完成しており、雰囲気が明るくなってきた。

 そのファッション・モールのいくつか並ぶあたりに、パンティップ・プラザが以前からあり、こちらはPC関連の専門店がぎっしり詰まった、IT関係のメッカとなっている。以前はプラ・クルアンを売る店もけっこう見かけたが、今はもうその面影も僅かとなっている。僕のPCグッズも、このパンティップからのものがほとんどだ。

 現在のところバンコクで最も高いビルであるバイヨークUと、その完成以前に最も高かったバイヨーク・タワーはともにこの界隈に建っている。インド料理屋も多い、コスモポリタンな一角である。インドラ・リージェント・ホテルに併設されている気取らない庶民的なショッピング・センター1階には、各種音楽CDやDVDを海外から取り寄せてくれる店もあり、在タイ者にはありがたい存在だ。

 残念なのは、四つ辻南西角にあった海鮮料理店で一度も食事をする機会がなかったこと。なかなかおいしそうな店だったのだが、値段もフォーリナーを意識したそれなりの値段で、敬遠しているうちに再開発で消えてしまった。


●BTSチッド・ロム駅下車後、北に徒歩15分程度


ナナ スクンヴィット・ソイ3・ソイ4

 プラ・ラーム1通りがスクンヴィットと名を変えて、初めての大通りがナナ・ヌア(スクンヴィット・ソイ3)。北西角の一帯は新しいショッピングセンターができて、雰囲気を繁華街らしくしたが、このナナ・ヌアのパーク・ソイ周辺はインド人・アラブ人街として有名。ナナ・ヌアのすぐ東に並行する細いソイには、インド料理・アラブ料理・エジプト料理店や、インド人経営のスーツ・テーラーがずらりと並んでいる。この細道の行き止まりに見えるグレース・ホテル(入り口はここにはなくて、ナナ・ヌアに面している)も、客層はアラブ人が圧倒的。ホテル周辺にもカバブを焼く露店があって、一瞬ここがバンコクだということを忘れてしまいそうだ。深夜でもチャイを飲みながらタンドリー・チキンにかぶりつくことができるのがいい。また、この西側にはアフリカ人の多いソイもあり、周辺には黒人の姿も多い。

 ここからナナ・ヌアを少し北に進むと、東側にソイが見える。ここを入れば、ソイばかりを通ってアソーク(スクンヴィット・ソイ21)に出ることが可能で、タクシーも渋滞時にはこの裏技を使ってくれることもある。このソイの向かいには、日本人の利用も多いバムルンラート病院があり、ホテルのような規模・豪華さを誇っている。日本語通訳もあるので、旅行者にもありがたい存在だ。

 ナナ・ヌアはセーン・セープ運河を越えると途端に昔風情になり、ペッブリー通りを越えてニコム・マッカサン通りとなると、両側に壁で囲まれたスラムが並ぶようになる。

 スクンヴィット北側にナナ・ヌアがあれば、南にはナナ・ターイがある(タイ語でヌアは「北」、ターイは「南」の意味)。こちらは細い道だが、活気はナナ・ヌアよりすごい。まず、パーク・ソイからすぐにある3階建てのナナ・プラザは、ゴー・ゴー・バーの入居で埋められている一大歓楽ビルで、各国から来たものすごい量の客が出入りしている。また、その向かいのナナ・ホテルの周辺にも客引きの女性がごまんと立っている。

 もう少し南に進むと、西側一帯にラジャ・ホテルとその周辺にバーやレストランが居並び、こちらも大盛況である。ここをさらに南に進むと、次第に喧騒が収まり、やがて行き止まりとなる。

 ナナは北も南も、国際都市バンコクの姿を写し出す鏡の一つである。


●BTSナナ駅下車、徒歩で東に数分


アヌサワリー

  アヌサワリーとはタイ語で記念碑のことだが、バンコクで「アヌサワリー」とだけ言えば、この戦勝記念塔のことを指すことになる(正式名称は「アヌサーワリーチャイサモーラプーム」)。1940年に起こったフランスとの紛争で戦死した兵士の慰霊のために建てられている。 このアヌサワリーを中心にロータリーとなっていて、交通量の多さに舌を巻く。記念塔をかわすため、BTS路線はこのロータリーに沿って半円を描くように高架路線が建設されている。

 周囲はバンコクの一大近郊バス発着地になっており、都内や近郊都市を巡るバンコク都営バスや、各中小都市の足となるロット・トゥーがやって来てはどこかへ向かって行く。そのため、交通渋滞の少ない日曜でも、この周辺は車が動かなくなることが普通だ。

 バスの要所というにふさわしく、サイアムスクンヴィット周辺よりも庶民的な感覚の街並みになっており、大阪でいうと天王寺あたりの風情である。以前は東角にロビンソン・デパートがあってこの地域のキー・スポットとなっていたが、撤退したことで却って雑多で気さくなイメージに拍車をかけたようでもある。

 駅から近いソイ・ランナムは家賃と設備の兼ね合いがよいアパート・マンションが多く、現地採用や留学の日本人にも人気である。2007年ごろに免税店のキング・パワーや映画館複合施設のセンチュリーがオープンしてさらに活気が出てきたが、その一方でソイを埋め尽くしていた屋台が減っているのが寂しい。このソイはまた、おいしいイサーン料理の店や屋台が多いことでも知られている。

 アヌサワリーの南東にある老舗「サクソフォン」では、バンコクの中でも高いクウォリティーのジャズやレゲエなどのライヴが毎晩あり、今ではすっかりメジャーとなったT-boneもここで熱演を繰り広げていた。あのライヴでの熱くてクールな彼らに惜しみない拍手を送った夜のことは、今でも鮮明に覚えている。


●BTSアヌサワリー・チャイ(ヴィクトリー・モニュメント)駅下車


サパーン・タークシン

 バンコク側のサートーン通りとトンブリー側のクルン・トンブリー通りを結ぶサパーン・タークシン(タークシン橋)は、チャオプラヤー・エクスプレスの発着地として知られている。これより南にもボート乗り場はあるが、そこまで行くボートが少なく、同ボートの始発のような位置づけにある。また、観光用ボート・チャーターやホテル専用のボート発着場、渡し船もあり、水上交通の要である。

 駅のすぐ横にはシャングリラ・ホテル、その先にオリエンタル・ホテルなど、バンコクきっての高級ホテルが川べりにずらり。また、チャルンクルン通りにもレ・ブア・アット・ステイトタワー(ホテル)がオープンし、このあたりのホテルの夜景の美しさには定評がある。

 だが、この周辺は古くから開けた場所であり、周囲は高級ホテル群にもかかわらず、庶民的な佇まいがほとんどである。チャルンクルン通りにあるロビンソン・デパートも市井の人々をターゲットにした構成で、旅行客は周辺の散歩だけでもバンコクの下町風情を味わうことができるだろう。チャルンクルン通りにはまた、消えゆくジャンク船(帆かけ舟)への思慕を込めてその形を模したユニークなお寺、ワット・ヤンナワーがある。

 水辺の祭典であるローイ・クラトーンでは大いに賑わい、クラトーンを流したりコムローイを浮かべたりするほか、花火の打ち上げも見られる。


●BTSサパーン・タークシン駅下車


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サイアム・スクエア

在りし日のセンター・ポイントのステージ。
若者の流行発信地だった。
サイアム・スクエア

同じく、かつて敷地内にあったセンター・ポイント
サイアム・スクエア

センター・ポイントは取り壊された。
サイアム・スクエア

センター・ポイント跡地にデジタル・ゲートウェイがオープン。
サイアム・スクエア

まだ店舗を持っていた頃のDJサイアム。
サイアム・スクエア

ソイ・チュラーの本屋。
おそらくバンコクで最もタイ語書籍の品揃えが豊富。
サイアム・スクエア

映画館リドの跡地。
UDDデモの放火によって焼失。
ここが青春の思い出だったと語るタイ人中年女性のコメントが涙を誘った。
サイアム・スクエア

放火のあった一帯はすべて取り壊しとなった。
マーブンクローン・センター

大改装中で、まだ新しいロゴが取り付けられる前。
マーブンクローン・センター

ロゴが付いたあと。
サイアム・パラゴン

インターコンチネンタル・ホテル跡に建設中。
サイアム・パラゴン

そしてオープンした。
サイアム・センター

まだBTSの橋脚がなかった1998年ごろ撮影。
のんびりした空気がまだ残っていた。
サイアム・センター

改装前の、時代がかった外装の頃。
サイアム・センター

改装が終わり、外壁はガラス張りに。
サイアム・ディスカヴァリー・センター

LOFTの入店が嬉しい。
サーラー・プラ・キアォ

チュラロンコーン大学の購買部がある建物。
大学の北側は、大学が土地を貸しているサイアム・スクエア。
ワールド・トレード・センター

現在のセントラル・ワールド・チッドロム。
以前の店内は黒を基調とした内装だった。
セントラル・ワールド・チッドロム

ワールド・トレード・センターが買収されてすぐの頃。
まだ改装が始まっていない。
セントラル・ワールド・チッドロム

改装が終わったが、ZENの入ったビルの上階がまだ完成していない時期。
セントラル・ワールド・チッドロム

UDDデモの放火で、最も衝撃的だった建物の倒壊。
セントラル・ワールド・チッドロム

2ヶ月半の閉店後、いち早く復活。
垂れ幕の「幸せ」に感涙。
セントラル・ワールド・チッドロム

全焼したZEN前の工事ゲートにメッセージ・ボードが設置された。
ビッグC・ラーチャダムリ

ビッグCのフラッグ・ショップ。
こちらもUDDデモ放火で焼かれてしまった。
エラワン・プーム

霊験あらたかなパワー・スポット。
お願いことをして舞いを舞ってもらう。
タニヤ

日本語の看板でいっぱい。
パッポン

ゴー・ゴー・バーと夜だけの土産物屋が同居する。
ランスアン

老舗のウォン・リー・レストラン。
プラトゥーナーム

現在タイで最も高いバイヨークUはランド・マーク。
プラトゥーナーム

バイヨーク・タワーも目立つ存在。
プラトゥーナーム

運河ボートから一瞬覗くセントラル・ワールド・チッドロム。
川に建ったバラックと好対照。
プラトゥーナーム

ITモールのパンティップ・プラザ店内。
プラトゥーナーム

インドラ・リージェント・ホテル周辺はいつでも活気がある。
プラトゥーナーム

フィリピン料理のマブハイ。
ラーチャダムリ通りからプラトゥーナーム交差点を臨む

UDDデモによって、周囲は人通りも少なくなっていた。
プラトゥーナーム

プラトゥーナームが垢抜けた存在になる第1歩となった複合ファッションビル。
ナナ

アラブ料理・インド料理の店が並ぶ。
中央行き止まりのオレンジ色に見える丸窓の建物はグレース・ホテル。
ナナ

カバブを売る屋台。
ナナ

バムルンラート病院はすごい規模。
アヌサワリー

UDD放火に遭う前のセンター・ワン。
アヌサワリー

ロータリー一帯は近距離バスの一大発着所。
アヌサワリー

老舗パブのサキソフォン店内。
夜な夜な腕利きのミュージシャンの演奏が繰り広げられている。
アヌサワリー

サンティパープ公園は市民の集いの場。
サパーン・タークシン

まだこの駅が終点の頃。
サパーン・タークシン

渡し船も盛況。
サパーン・タークシン

ローイ・クラトーンにはすごい人出。
サパーン・タークシン

クラトーンを流す人々。
高架下のような場所でもこのとおり。
サパーン・タークシン

花火が上がって縁日気分のローイ・クラトーン。
サパーン・タークシン

レ・ブア・アット・ステイトタワー屋上のスカイ・バーからの夜景。
サパーン・タークシン

レ・ブア・アット・ステイトタワーのシンボルとなっている屋上ドーム。

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