PAKSE


慈しみ

 「メコンのナイアガラ」との風評高いコーン・パペーンの滝や川イルカ(ピンク・ドルフィンもいるそうだ)・ウォッチングが魅力のシー・パン・ドンへの通過地点としか考えていなかったパクセーは、人として大切な、沁み入るような感情を思い出させてくれた。いつも穏やかで、優しくおおらかな人々の笑顔、静かで愛らしい町並み、あっさりしていながら出汁のしっかりした料理。中国・ヴェトナム・カンボジア・タイ・ビルマといった個性の強い国々に国境を接しながら、ラオスの朴訥ぶりは抜きんでているが、ともすればそれが旅人にとっては「愛想のない、とらえどころがない国」になってしまいがちだ。でも、パクセーはまったくそうじゃなかった。

 タイもずいぶん昔はこういう感じだったのかもしれない。川に浮かんだレストランで食事していると、長テーブルをくっつけた宴席では何度も乾杯の音頭がとられている。誰かがひと言発するとみんなに笑いが広がる。そこには年長者の貫録や世間体などという堅苦しいものが何も感じられない。
 ラオスの人々は僕らをうらやましがるかもしれない。大きなお金を持って、どこへでも好きな国に旅ができる僕たちのことを。だが、僕たちは気づいている。大切なことは旅をできるくらいの収入があることではなくて、自分の国を母国だと思い、自分のふるさとを誇りに思い、老若男女を問わず街の人々どうしに何気ない話が起きるような、ありふれているだけに幸せだとわかりにくいものなのだと。
 日ごろややこしいものに絡まって、さまざまな事情の中でもがき続けることでしか自分を確認できない僕には、パクセーの街が慈しみの陽光と雨だれに満ち満ちて感じられたのだった。




ワット・プー

 パクセーからのアクセスでは、橋のないところで艀(はしけ)を使ってメコンを越えなければならない。雨季に訪れたせいか、ここで長らく待たされる。底が浅くて何度も接岸をやり直すのは、雨季・乾季と川の水量によって岸が変化するので仕方ないとして、対岸からやってくる艀が車を降ろすとそのままどこかへ行ってしまうのが解せずに、まあこれもラオスなので、とあきらめた。

 対岸のチャムパーサックから川沿いの道を進むと、やがてワット・プーの入り口に出る。この遺跡はクメール王朝が勢力を誇っていたころの、アンコール・ワットに似た石造りの寺院の跡だ。長らく放置されており、かなりの部分が瓦礫となってしまっているが、北堂・南堂には栄華を偲ばせる外壁が残っており、あたりの静けさと相俟って、しばし松尾芭蕉の気分に浸る。
 参道はすべて樹で覆われ、炎暑を和らげてくれる。急斜面なうえ、横歩きしなければ足の踏み場がないような階段を上りきると、優しい顔の本尊が3体祀られている本堂が姿を現す。こちらは小ぶりだが、眺めは抜群にいい。今後のラオスの発展いかんによっては、こうしたのどかな眼下の風景も俗っぽいものにとってかわられてしまうかもしれない。本堂の裏手には大きな岩のどこかから流れ出る湧き水を集める樋があり、そこでしばしの涼をとることができる。

 折しも雨。激しいスコールの中、売り子のおばさんたちとともに休憩小屋に駆け込む。しばらくぼんやりと雨だれを眺めていると、屋根の下に入れた僕の靴が、雨漏りの下で濡れていた。あわてて別の場所に移す僕の姿に、おばさんたちの笑いが起こる。ラオスらしい、ささやかだけどほんのりしたぬくもりが雨宿りの小屋を満たした。

コーン・パペーン滝

 パクセーからのアクセスはここ数年でずいぶん整ったようだ。「メコンの国」第4版(出版:地球人)によれば、4時間半ほどかかるようだったが、舗装が行き渡った道路を突っ走り、2時間半くらいで着いてしまった。このぶんだと、滝に最も近いムアン・コーンに泊まる必要は薄れてきているのかもしれない。

 コーン・パペーンの滝については、気になることがあった。ガイドブックにもトラベル・エージェンシーの広告にも滝の写真がとうぜん載っているのだが、どれもが似たり寄ったりなのだ。つまり、同じアングルから撮影されているということ。滝の観察は一定の場所からしかできないのではないだろうか。
 はたして、その不安は的中。川べりに展望小屋があり、人々はそこで記念撮影に勤しんでいる。ただ、何本かは川に出る獣道が延びており、小島や中洲によって分かれたいくつかの支流のうち、最も東側の滝の真横に出ることができる。ひし形に切り立つ岩はかなり危険な形に割れてむき出しになった角を見せている。足を滑らせたらとんでもないことになりそうだ。ここでもまたもや雨が降り始め、すぐさま小屋に避難。

 ますますひどくなる雨に、十数人ほどいた観光客たちは次々と姿を消している。さきほどから音を立てていた稲妻が一閃。近くに落ちたような轟きさえ響き渡り、滝のあたりは集中豪雨に白く煙っている。白昼の暗がりの下、人の気配がすっかり消えたコーン・パペーンは限りなく自然に近い姿を見せてくれていた。自然の猛威に囲まれて雨止みを待つしかない僕はふと、スコールの間にもバンコクの職場でひたすら仕事をしているときに停電が起きてやきもきしている自分の日常を思い出し、その滑稽さを笑う。


タット・ニュアンとタット・ファン

 「着いたよ」と起こされて、ドライヴァーのおじさんと歩き始めた。ワット・プー、コーン・パペーンを訪れたときは、「好きなだけ見てきて。私はここで待ってるから」と車に待機だったのだが、このおじさんは案内してくれるようだ。まず見えてきたのが川の流れと"Danger"と書かれた看板。近づくとわかるのだが、その先でせせらぎは滝へと流れ落ちているのだ。

 その横手に急勾配の階段がつけられていて、これを降りると滝の高さの中ほどに屋根のついた小さな見物小屋があって、そこにたむろしている人々からタイ語が聞こえてきたのが、なにかほんの少しだけ懐かしい気分になる。タイの国境を出たのが前日で、翌日にはタイにまた戻るというのに、ラオスで聴くタイ語はまた日ごろとは違った感覚を抱かせる。写真を撮っていると、ドライヴァーのおじさんは同年代くらいのタイ人のおじさんと世間話をしている。

 雨でもないのに水滴がすごい。そう、滝壺から舞い上がるしぶきが飛んでくるのだ。暑季にはひんやりと涼しげに感じられてとても心地よいだろう。しかし、乾季の入口にさしかかった朝には、ちとひんやりしすぎる。滝壺まで階段は続いているが、さすがにそこまで行くのはためらわれた。小屋より下には誰の姿もない。ただ、その階段は一方で、滝の正面に小高く盛り上がった小山のようなところにも続いている。そこまで行ってみよう。両脇に茂る草が軍パンを濡らすが、かまわず滝の正面に立つ。しぶきがすごくてカメラをゆっくり構えることができない。
 戻ろうとすると、タイ人観光客の数名も小屋から降りようとしていた。

 もと来た階段を上がる。息切れしていると、ドライヴァーのおじさんが「この周辺にあるのはコーヒーの木なんだ」と教えてくれた。この滝、タット・ニュアンのあるパーク・ソーン県がコーヒーの名産地であることは、たしかにガイド・ブックで紹介されていた。「ここのコーヒーの木は、ほかの場所のコーヒーの木より背が高いんだ。どうしてだか知ってるかい?」。おじさんは続ける。「それはね、美しい滝の姿を見ようと思って、背伸びしてるからだって、このあたりの人たちはそう言ってるんだ」。

 滝の上部には橋が渡され、中州や対岸で遊ぶ親子連れの姿が多い。ただ、うっかり足を滑らせたらと思うとぞっとする。「落ちた人はいないんですかね?」と訊くと、「いるよ」とひと言。

 そこから車でちょっと行ったところにある滝がタット・ファンで、こちらはかなり遠くの視界が開けた場所から滝を見ることしかできない。残念だが、こちらの滝の高さはすごい。聞けば、120メートルだという。僕にはその120メートルという高さのイメージが湧かないが、とにかくあの迫力のタット・ニュアンよりはるかにすごいことはよくわかる。

 滝を見下ろせるレストランで滋味あふれるラオス料理で胃を満たして帰りの車に揺られると、またもや「着いたよ」の声で起きた。


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footprints


タイとの国境
フォーリナーに開放されているところでは、陸路の国境はここだけ
ラオスのイミグレーション
70バーツの要求は、パスポート受付時間外料金だったのか賄賂だったのか
両岸ともラオス領となっているメコンを越える
橋の向こうで通行料をとられる
艀が到着
物売りの少女たちはひと足先に、川に足を浸して降りる
艀の船着き場で釣り竿を垂れる少年
犬も眠たげ
ワット・プーの本堂へは、この山を登ってゆく
きつい斜面の階段
優しい顔のご本尊
本尊裏手の湧き水で顔を洗う
頂上からの眺め
小さな艀(はしけ)
男たちが渡し船に足場をかける
雨季のメコンに陽光がさした
雨に煙るコーン・パペーンの滝
インドシナ3国に共通するフランスパンのバゲット
朝食に最高
ラオスの街並みは旅情をかきたてる
パステル・カラーの建物がかわいらしい
こういう家に住んでみると、気分も晴れ晴れとしてくる気がする
真新しいマーケット・ビルが建っているが、現在は1Fのみの営業
ラクソーン市場は相当な広さ
ラオスの布は厚手で手触りよく、落ち着いたデザインと配色で使い勝手がいい
メコンの上に作られた夜のレストラン
乾杯が繰り返され、老若男女を問わず幸せを絵にかいたような笑顔
街の足=サイドカーつきバイク
数人乗りのジャンボも活躍
町中にあるワット・ルアン
寺の中では僧侶たちがもくもくと食事をしていた
ラオスの食堂で見せてもらったいろいろな麺
上から時計周りにセンレック、ミー、カオピァック
左からラープ・カイ、タム・マーク・フン(ソムタム)、カオニャオ(もち米)
夜のパクセー
7時を過ぎるとトゥウトゥクなどはとたんに姿を見かけなくなる
かなりお世話になった「パクセー・トラベル」
現在は他の場所に移って営業している
右下はラオス風肉うどん「カオ・ピァック」
滋味あふれるあっさりダシとマンゴー・シェイクのとりあわせの不思議
僧侶たちが川で作業中
軒先に干されたソーセージ
坂の多いパクセーの街
日がきついと傘をさす
祭りごとでは、日ごろの物静かなラオス人がアクティヴになる
セー川にかかる橋
ラオスの子供たちは写真が大好き
パークソーン地方ではお茶の葉のほか、コーヒー豆の収穫が多い
タット・ニュアン近くのコーヒーの木は背が高く、「美しい滝の景色が見たくて背伸びしているんだと地元の人は言うんだ」と聞いた
フランス人女性が料理の手ほどきを請うていた
上は、今はもう流通していない1キープ札
タイのウボン・ラーチャターニーとを結ぶ国際バス
小さなパクセー空港
カンボジアのラタナキリにあるホテルの名刺
ラオス=カンボジア間の国境は外国人に公式には開かれていないが、旅行者はどんどん出入りしているようだ
パクセー空港でもらってきたフライト・スケジュール
残念ながら、僕はまだ乗ったことがない

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