PICHIT

ワニの像を理解するのに苦しむ

 ピチットといえば、多くのタイ人はワニを想像する。とはいっても、昔ならいざ知らず、今では川に普通にワニが泳いでいるわけではない。大きなワニの飼育センターがあるほかは、小さなタイの田舎町である。ただ、ワニの像の前では記念写真を撮っている学生を何組か見かける。こうした銅像の中には、僕ら日本人の想像を裏切ってくれるような、残酷なものもある。ワニの怖さを知ってもらおうというのか、理解するのが難しい。クレーム社会に突入した今の日本では、「子供にトラウマが…」という声が直ちに聞こえてきそうな代物である。僕としては、そんな口はぼったいことを言う親の姿を見ることの方が精神衛生上よくないのではないかと勘ぐってしまうのだが。

 この街に来たのは、タイ人の友達が実家に招待してくれたから。そして、彼らと寝食をともにしたので、ほとんど名所らしいところを訪れるようなことはしなかった。だからここに書けることもほとんどない。でも、僕個人的にはそれがよかったのだ。口約束が多く、いざ日程調整し始めるとプランの変更に継ぐ変更で結局はおじゃんになってしまうことの多すぎるタイ人の友達と、長期旅行だったからこそ時間をたっぷり共有し、タイ人の普段着の姿に触れられたことが何よりだったから。



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友人一家の暮らす街

 友人家族は、寺のすぐ近くに住んでおり、托鉢後に余った食事のおすそ分けをもらっていた。その関係か、昼を過ぎるとお坊さんがよくこの家に立ち寄った。何をするのかと思えば、一緒にテレビを見たり、ハンモックに揺られたり。勤行らしいことは何ひとつしないのだ。その寺、ワット・タルアンは有名なところらしいが、どういうことで名が知られているのか、僕にはよく判らなかった。

 彼の親戚にあたる男は、大の闘鶏好きだった。何匹も闘鶏を育てて、「俺のが一番強い!」と豪語している。ただ、闘鶏に出すにはまだ早いようで、このときはもっぱら賭ける側に回っていた。鶏の一挙手一投足に男たちが歓声を上げ、ビールがすすむ。数時間後、僕はすった金をいくらか彼に貸すハメになった。そして、友人宅に戻ると、彼の兄が僕の服を着てご飯を食べている。洗濯に出してくれればいいよと友人が言ってくれたので、お言葉に甘えていたのだが…。友人にそのことを言うと、「せっかくだから、あげっちゃったら?」との返事。目を覗くと、真顔である。

 街を去るとき、鉄道駅まで送ってもらった。渡し船で川を渡って、向こう岸を上ったところに駅がある。子どもたちが川を泳ぐあまりにのどかな風景に、タイの日常がひしひしと伝わってくる。そこにあったのは、涙が出そうなくらい、きれいな夕日だった。日々の仕事に摩耗している今の僕には気づくことの叶わないくらいに、柔らかな光だった。やがて到着した列車の座席に深く腰掛け、その頃にはまだ見たことのなかった北の街、チェンマイへと思いを馳せて目を細めた。




footprints

ワット・タルアン

街の中心部近くにあるお寺。
中心街あたり
郊外の仏塔跡

見物客はほとんどいなかった。

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