UDON THANI

どこかざらついた街

 インドシナ戦争(俗にいうヴェトナム戦争)のとき、米軍が基地を構えたことで急激にできた街だという予備知識で、僕はこのウドーンのことが旅する前から気になっていた。コーン・ケーンからバスに揺られて着いた実際のウドーンの街は、やっぱりどこかざらついた街だった。プラジャック広場という市民の大きな緑と憩いの場が用意されていたり、やはりタイのどの地方都市にも流れているゆったりとした生活者のリズム感を肌で感じたりしてはいたのだが、ホテルの階段踊り場になぜか見えるような独特の翳りや、タイ人たちが夜に飲んで騒ぐ声や、娼婦らしい女がこの小さな街ではあまりに浮き立って見えることや、そんな埃っぽい歴史の影が垣間見えることの方がどうしても印象に先立ってしまう。
 件の戦争は終結し、アメリカ軍も撤退した。基地景気で俄かに沸いたゴールド・ラッシュの時代はとうに過ぎ、ウドーンはただの一地方都市として時を刻んでいる。でも、例えば沖縄で言えばコザがそうであるように、こうした街は狂騒の後の静けさを湛えている。おぼろなその影が、僕をまたこの地に来いよと道祖神のごとく招く。


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footprints

ソンクラーンの真っ最中

ホースで水をかけまくり。
ソンクラーンの真っ最中

大人も子供も一緒になって。
ソンクラーンの真っ最中

ソンクラーン時の地方都市では、濡れずにショッピング・センターにたどり着くことが難しい。
チャルンスリ・コンプレックス

ロビンソンも入った、街の一大ショッピング・ゾーン。
プラジャック公園

ライト・アップが美しい。
このバス、どうしたんだろう?

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