RANONG



街の病院

 バンコクから離れたものの、どこへ行くつもりなのか自分でもわからないままチュンポーンに降り立っていた初めてのタイ訪問で、とりあえず翌朝バス乗り場に向かった。バイク・タクシーのおっちゃんから声がかかる。「どこへ行くんだ?」。まだ決まっていないとありのままを答えるのは、大きな荷を背負っている姿に不釣り合いだ。「ラノーンへ行くんだ」。地図で確認してあった適当な街の名を告げると、彼は詳しい道案内をしてくれた。バス乗り場は向かう方面によって場所がまったく違ったりするので、これで次の目的地が決まった。
 この旅行では、到着した翌日からすでに体調を壊していた。最も暑い時期のタイで汗をしぼられて自然治癒するかと思いきや、意外に風邪はこじれている。ローカル路線バスの中、映画館かと耳を疑う大音響で鳴らされるタイ・ポップスに異国風情と疲労をおぼえながら山道を揺られた。

 ラノーンでは適当な宿に荷を解いて、汗を流してすぐに市場に出てみた。そこで売られている見慣れないものを眺めると、いっそう旅の思いは駆け巡る…はずだった。でも、実際は連なる店から坂道に流れ出ている何かの腐臭にやられ、吐き気を抑えながらほうほうの体で宿のベッドに倒れた。これではどうにもならない。チュンポーンの宿でもらった風邪薬にもさしたる効き目は感じられない。あまり楽しくないオプションだが、病院へ行こう。

 小さな私立病院といった風情のそこには、英語を話せる医師はいなかったが、病院勤務のひとりの男性が通訳となってくれた。「この薬は抗生物質だから最後まで飲み続けて、こっちは熱が下がったらすぐに服用をやめてください。胃が荒れるから」。こんなに正直で親切な薬品説明は初めてのことだ。それを聴いているだけでも熱が引いていくような気がした。薬を手に病院の門を出ようとすると、後ろからクラクションが鳴り、振り向くと通訳をしてくれた男性の笑顔があった。「ちょうど帰るところなんだ。ホテルまで送っていくよ」。
 翌日、この旅行のお伴だった発熱と鼻水は影も形も見えなくなっていた。

 この街は対岸のコートーン(ビルマ最南端の街)へのアクセス・ポイントや温泉の出るスポットとして扱われることが多い。だが、僕にとってのラノーンは、今でも癒しの街。


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