MADISON


湖の間の小さな町

 シカゴのオヘア空港でパスポート・コントロールの係官に別室へ呼ばれた。近頃のようにテロによる警戒などとは無縁の時代のことだ。「どうしてマディソンに行くんだ?」と別室の係官は訊く。「留学している友達に会いに行くんです」と言うと、「ああ、そうなのか。オーケー!」と彼はすぐに出口に案内してくれた。さっき止められたときには「観光です」と答えたから、それがひっかかったのだろう。マディソンに何の観光に行くのか、と。
 そう、マディソンにはこれといった見所はない。今はどうだか知らないが、当時の地球の歩き方にもマディソンの紹介はなかった。ただ、ここは「大草原の小さな家」の舞台になったウィスコンシン州の州都。学生街の雰囲気もあり、落ち着いた居心地のいい小さな町だ。二つの湖に挟まれた真ん中に町があり、どちらへもすぐ出られる。屋外でくつろぐのが好きなアメリカ人たちは湖のほとりでペーパーバックのページを繰ったりカフェオレを飲んだり鳥に餌を与えたりしている。カナダに近いため、冬はみんな家に篭ってしまうという。僕が訪れた秋は空気が透き通って木々の葉が色づき、外出するのに身が軽くなったような感じがしたけれど。

 滞在中、中古レコード屋に毎日のように顔を出したが、店長のおじさんは「今日は何を探してるの?」と気さくだ。これがはじめての海外旅行だった僕は、街によって時間の流れがこんなにも違うことを知って、これまで「国内のこともよく知らないうちに海外旅行なんて」と変な理屈をこねていた自分を即座に改めていた。




湖畔

 マディソンは長い冬に入る前の、本当に透き通るようにいい季節だった。乾いた風が色づく葉のにおいを運んでくる。湖畔では柔らかな日差しの下、ビッグ・サイズ(それがアメリカではレギュラー・サイズなのだけれど)のアイス・ミルク・コーヒーを傍らにペーパー・バックのページをめくる人の横を、ドロップ・ハンドルの自転車で通り過ぎていく。誰もがこの秋を慈しんでいるようだった。


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