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閑話休題四方山噺


その1.トム・ヤム・クンのにごったスープ(
※1)の向こうに見えたものの話

 トム・ヤム・クンを作りました。そう、世界の三大スープのひとつ(あとの二つはコンソメスープとポタージュスープ(※2)だそうです。それは知らなかったなあ)と言われる。タイの国の辛くて酸っぱいスープです。え、知らない? 味を言葉で説明するのはとても難しいので、食べに行って下さい。タイ料理の店やアジアン・レストラン、無国籍料埋という看板を上げているお店にはたいていあります。僕が行ったことのあるお店の中ではタイ料理店の「サワディ」(道頓堀)はやはり本格的。「遠東」(ファー・イースト)と読む。ナビオ阪急、東心斎橋、あべのソーホーに各店あり)はおのおのの店で味がかなりちがうけど、僕はナビオの店が好きです。かっぱ横丁の「アジアン・キッチン」はたしかあまり辛味がなく、日本人の舌にあわせた感じになっていたと思います。―――とは言っても、行くのになかなか機会がないかもしれないですから、材料からどんな味か想像して下さい。

 実のところ、トム・ヤム・クンの作り方は一様ではないのです。丁度、日本で言えばお味噌汁みたいなもんでしょう(※3)。あれって各家庭の「おふくろの味」みたいなものがあるでしょう? 今回僕が作ったトム・ヤム・クンはべースにブイヨンみたいなトム・ヤム・キューブを使って、しかもそれがダシのキメ手みたいになっているので、そこがちょっとずるいのですが、そのキューブも僕が実際に鍋に放り込んだものとほぼ同じです。まずタックライ(レモングラス)とマクルート(コブミカンの葉)、カー(タイのしょうが)。タックライというのは、ほんとうにレモンみたいな香りの固い草で、マクルートはそのまんまミカンの葉っぱです。匂いが強いカーは干し物を使ったせいもあるかもしれませんが、日本のしょうがよりアクも酸味も弱かったようでした(※4)。これがハーブのベースで、そこにピッキヌーという小粒だけどスゴクも辛い唐辛子とナムプラーというタイの魚を発酵させた醤油、ナムプリック・パオというエビ味噌とタマネギ、ニンニクなどをすりあわせたペースト(※5)、レモンの汁(※6)を2個分たっぷりと入れます。あ、それからせん切りにしたタマネギ(※7)も盛り沢山。こいつがダシです。具は自由なんですが、フクロタケという中国キノコ、マッシュルーム、しめじ、しいたけ、エビ、ハマグリ、タコなどいろいろでした(※8)。最後に、薬味としてパクチー(香菜、コリアンダーとも言う)しないんですが、こいつがクセ者。三つ葉みたいに見えるし、百貨店などで現物を匂ってみてもスパイスっぽい香りしかしないんですが、切るとカメムシみたいな匂い。分かんない人はアメリカ村の「楽天食堂」へ行ってみて下さい。そこの「にゅうめん」がこいつとミントの葉を入れてます。僕はこのパクチー、すごく好きなんです。とにかくクセが強いんですが、やみつきになるんですよところが、やっぱり日本人向きでない味と香りなのでしょうか。僕の周りには食べられない人が多い。

 やっとここから本題です。学生の頃から冗談でよく言ってたことなんですが、あるとき、海まで旅行に出かけたとして、そのときのメニューによく知らないメニューがいっぱい載っていた。そのときその人が数少ない不難なメニューをオーダーするか、わけのわからないものを選ぶかで、その人のある種の部分が分かるように思うんです。もちろん無難なメニューの中に自分の食べたいものがあったなら話は別なのですが、僕はまず知らないものを頼みます。名前も知らない料理がわんさか載っているなんて、ちょっとした興奮です。僕は海外旅行はんどしたことがないので何とも言えませんが、沖縄に行ったときにはまさしく狂喜乱舞でした。ソーキそばやゴーヤ・チャンプルーといった有名になったものもありますが、スクガラス、豆腐ようマーミナー・チャンプルー、ミミガー、ヒージャー汁、シークヮーサー、アオブダイ、シマダコ、ミーバイ、グルクン、アバサー、チマグ、コーレーグース、ナーベラー、フーチバー、フーサ……(※9)。中には本土と名前違いのもの(マーミナーはもやし、ミミガーは豚の耳、ヒージャーは山羊、アバサーはハリセンボン、チマグは豚の血の塊、ナーベラーはへちま、フーチバーはよもぎのことです)も多かったのですが、焼きそばにしてもらっきょうにしてもモズク(むこうでは「スヌイ」という)にしても味がぜんぜん本土と違う。そして、うまい。

 実際にやったわけではないんだけど、これが大阪で食べるとちょっと違う気がします。特にブダイの刺身はさっぱりしすぎていて、味がないといえばないくらいの感じです。大阪でマグロやハマチやタイやアナゴなんかと一緒に食べても、きっとおいしいとは思わないと思います。ところが、沖縄でオリオン・ビール片手にプリプリとひんやりしたブダイの刺身を食べると、うまいんだな、これが。つまりは、沖縄にはブダイが合っている。現地の生活には現地の食べ物が合っているんです。沖縄の夏に大トロ、食べられないですよ(※10)。脂っぽい。

 そこで僕はこう考えたいんです。食が異種文化交流の第一歩だと。これは森枝卓士さんもよく書かれていることですが、受け売りではありません。僕なりの実感です。僕はトム・ヤム・クンを作って食べました。現地じゃなく大阪で。でもこれは、よく言われるような食の植民地化のようなよくある言われようで済ませてはいけないと思うのです。僕はそこを通じてタイの食文化や気候や人々の生活に思いを馳せるし、親近感を持ちます。自分の知らないメニュー、知らない味覚にオープンであるかどうかは、その人が自身の世界・自身の文化や価値観からどれだけ自由であるかのバロメーターのひとつじゃないでしょうか? 食欲は特に自己保持にかかわる根本的な本能なので、より分かり易い気がします。どうか聞きかじりで「暑いところの魚は大味でまずい」なんて言わないで下さい。

 ところで、あなたもどうですか、トム・ヤム・クン。この間僕が作ったの、けっこう評判よかったんだけどなぁ。

※ 注釈 ※

1
 トム・ヤム・クンにはにごったもの意外にも、澄まし汁がある。
2 世界3大スープには諸説があるが、実際にはトム・ヤム・クンのほかにブイヤベースとフカヒレが挙げられることが多い。ボルシチを加えることもあるようだがトム・ヤム・クンだけは外れない。コンソメとポタージュはまったく間違い。
3 トム・ヤム・クンは日常食ではないので、「お味噌汁」「おふくろの味」はあまりいい例とはいえない。
4 タイで手に入る生のカーは実際、アクも酸味も強い。
5 ナムプリック・パオは店の好みで入れることはあるが、一般的ではない。
6 これは当時も分かっていたことなのに説明不足になっているが、レモンはあくまでマナーォ(スダチに似た柑橘類)の代用品。
7 タイでは小玉ねぎをそのまま鍋に入れるのが一般的である。
8 こちらも説明不足だが、マッシュルームやしめじ、しいたけ、ハマグリ、タコはトム・ヤムの具材として一般的ではない。また、トム・ヤム・クンの「クン」はエビのことであり、その代わりにイカ(タイ語でプラームック)を入れると「トム・ヤム・プラームック」と名が変わるため、正確にはこれだけの具材を入れると「トム・ヤム・クン」とは言わない。
9 すみません。若気の至りでいろいろ名を連ねたかったようです。
10 これはタイに暮らしている実感として、違うと思う。この注釈を僕が書いているのはタイで最も暑い4月だが、それでも大トロも霜降り肉も食べたい。










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