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みみたぶ通信

§6 ピチカートとフリッパーズ周辺A ‐会議はおどる/ピチカート紛糾

 僕が知る限り、ピチカート・ファイヴについて大論争が起こったきっかけになった最初の記事はミュージック・マガジン一九八八年一一月号の吉住公男氏の「ベリッシマ」(1)評からだ。氏の評論は「前作『カップルズ』(2)は、個人的にまるで素養のないA&Mサウンド(3)とやらがべースで判断がつきかねていたが、これでやっと正体がわかったぞ。みなさん、こんなレコードに騙されてはいけません。」「仏作って魂(ソウル)入れず。キャッチ・コピーが『汗知らずスーパー・スウィート・ソウル』とはまさに言い得て皮肉。マニアックな研究調査にもかかわらず、成分分析あるいは翻訳できない『汗』が最後に残った。振返ってみれば、果敢にも『汗』の謎に挑んでは力尽きて倒れた、先人たちの累々たる屍がたわっている。演歌調のコブシをソウルフルと勘違いしてしまうのに比べれば、彼等は、小賢しい音楽マニアの身のほどを良くわきまえている。でも、どんなに表面的にスタイルをなぞってみても、音楽にとっていちばん大切なマジックが欠けているから、それはただの音符の羅列に過ぎない」「ピチカート・ファイヴについて、その徹底した傍流POPへのこだわりこそ、今の時代では貴重なロック的姿勢だとの評価もあるが、実のところ彼らの音楽には、それ以外なにもない」と、ピチカート・ファイヴを巡る論争に関しては、アンチ派からの意見のあらかたをここで言い尽くしている。

 以降、論争の台風の目になった同「ミュージック・マガジン」誌によって話を進める、一九九〇年八月号のクロス・レヴュー(4)では石黒恵氏が「月面軟着陸」(5)を「このCDを一番気に入っているのは、きっと本人たちでしょう。こういう肉体感のない音はどうも苦手。悪いけど二度と聞きたくないアルバムだ」と酷評。しかし同じクロス・レヴュでマーク・ラパポート氏が「この音楽を聞くとジャパニーズ・ポップの借り物主義を眺めているようだ。(中略)だから本作は東京の匂いがする」と評価した。そして、当時フリッパーズを高く評価し、ピチカートを酷評していた小野島大氏が一九九三年七月号で「『トーキョーでいちばんグルーヴィーなグループ、この夏いちばんピースなアルバム』だと。そりゃこんなレコードがガンガン売れる世の中は(ピース)にちがいない。コラ小山田(6)、とっとと自分のアルバムを出せ!」と「ボサ・ノヴァ2001」(7)をレヴュー。しかしまた同じレヴューに松山晋也氏は「アルバム・タイトルに象徴される”くだらなさの美学”が痛快」と言い切った。

 ここらあたりでピチカート論争のだいたいの骨子が見て取れると思うのだが、アンチ・ピチカート派の主張は、彼等がノーテンキでシステマテイックで密室的でコマーシャルに過ぎ、音楽に対する「精神」がないというものだろう。だから、彼等の主張には「ロック」「ソウル」などの音楽に対する精神性が重んじられるタームがよく飛び出す。それに対し、ピチカート支持派は、音楽にストレートな精神性の反映をハナから求めていないようだ。安保時の反戦フォークの解体(8)やパンクですべての櫨威の否定を通過してきた眼から、すべての「価値」は疑わしく、だから、音楽に関しては土着の根を持たない日本人の流行歌の世界を「借り物主義」でやりくりしたり、「くだらなさの美学」を追及しようとする姿勢に共感を覚えている。そして、世間は見事に後首の味方をしている。レコードをかけて「演奏」だと主張するDJはその音楽のチョイスとミックス加減が命だ。また、サニーデイ・サービスなどのバンドははっぴいえんど(9)との類似性をよく指摘されているが、バンド自体の思惑はともかくとして、その類僚性から注目を集めたというコマーシャル戦略がかなり見て取れる。サンプリングの時代なのだ。人のマネをすることが「パクリ、盗作」なのか、「過去の良いものへの素直な敬意、あるいは再評価」なのか、どちらに考えるかで立場が大きく分かれる。ここでは精神性をオリジナリティと言い換えてもいい。真にオリジナルなもの、新しい音楽の潮流を作り出すのはもはや不可能だととらえ、ならばこれまでの過去の素晴らしい遺産を活用して、自分が聞いていて「楽しい」音楽を作ろうとしたのがピチカート・ファイヴの立脚点であるように僕は思う。この点が彼等を「自分達の道楽以外の何物でもないクズ」と見るか、「時代の気分を反映した申し子」と見るかの選択を促している。ピチカートは目身の秀逸なバランス感覚に似合わず、聴くものをイェス/ノーにはっきりと二分してしまう、日本人的瞬昧さを許さないユニットなのだ。

 それでは、次回はフリッパーズを中心に考察してみたい。



1 ピチカート・ファイヴのセカンド・アルバムで、ソウルをテーマとしていた。

2 ピチカート・ファイヴのファースト・アルバムで、A&Mポップスをテーマとしていた。それ以前に十二インチ盤が二枚出ているが、それはここでは除外した。

3 アメリカのレコード・レーベルで、七〇年代前半まではソフト・ロックやマイルドなポップスを自社サウンドのカラーにしていた。カーペンターズなどを輩出。

4 複数ライターが同一のアルバムを論評する形を取ったレコード評。

5 ピチカート・ファイヴの四枚目のアルバムで、これまでの曲を「ベスト盤」ではなく徹底的にリミックスしまくるというコンセプトで作られている。

6 小山田圭吾はフリッパーズ・ギターのメンバー。ここでは彼が「ポサ・ノヴァ2001」をプロデュースしたのでその名が登場している。

7 ピチカート・ファイヴの七枚目のアルバムで、カラフルでポップでメロディアスな曲が満載されている。このアルバムと、収録曲「スウィート・ソウル・レヴュー」でピチカートはブレイクした。

8 一九七〇年の日米安保更新に反対する運動が、音楽ではボブ・ディラン等の影響を受け、ギター一本で反戦・団結をテーマにしたフォーク・ゲリラを生んだ。安保闘争の敗退とともに沈静化。

9 細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂、松本隆の四人が在籍した、日本語で歌うロックを初めて文学性の中に消化したバンド。最近ではサニーデイ・サービスのほかに、かせきさいだあが彼等への才マージュを隠さない活動を続けている。


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