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ぶらっと (6)湊川・新開地の巻



 阪急・阪神・山電・神鉄が集う新開地の地下駅の改札をくぐる(※)。リサイクル・ショップがテナントにあったり、ところどころに銭湯で見るような寄贈者のネーム入りの鏡がはってある懐かしい雰囲気の地下街を北に上がると、アーケードがのびている。「新開地」というネームヴァリューから考えると、少しガランとした日曜の人通り。特にアーケードの入り口は更地になったままだったり、コンテナで宮業する店があったりと、震災の爪痕が生々しい。コンテナ店の一つ、「大湊」で早くも一杯。力二やら刺身やらを適当に盛ってもらう。取材と称して、昼間からなんて賛沢なんだ!―――とか言いつつ、すでにいい気分で店をあとに。坂になった、神戸らしいアーケードを上ると、古書店や中古ビデオ屋が所狭しと商品を積み上げ、文房具屋などは、もう店主さんでもガラス・ケースに何が入っているのか分からないのじゃないかと、つい訝ってしまうくらいの混沌度。その付近にある「神戸レコードクラブ」は特にシングルの在庫が豊富なアナログ盤専門店だ。

 正面に現れる眺望の開けた湊川公園の横にいつしか併走しているのは湊川の商店街アーケード。ここから先は、パークタウンや湊川商店街、東山商店街、ミナイチ、湊川中央市場、マルシンなど、数々の商店街がひしめく「神戸新鮮市場」だ。湊川商店街とパークタウンのアーケードは二階建てになっており、左右の二階部分を橋がつないでいる。アーケード街や市場というより、巨大なショッピング・センターという印象だ。なにしろ、この一帯だけで二百五十五店舗もあるというではないか(*)。

 やがて左手に現れる急な坂を起点とした細道から、突然庶民的な匂いがプンプン立ち込め始める。天井からお釣り入れのカゴが下がり、おっちゃんのダミ声が飛び交い、道に商品棚があちこちから張り出した……そう、「市場」。ミナイチと湊川中央市場にかかるアーケードの始まりだ。かなり太い下仁田ねぎを棚に置いた八百屋や、三百円でメロンを売っている果物屋。おじいさんがくしゃくしゃの笑顔で鉄板のたこ焼きをひっくりかえしている。そして、その賑わいは東山商店街に続く。豆腐屋の藤本食晶では「ソップ」なる白い、不思議なドリンクを販売していた。好奇心とためらいでしばし立ち止まっている短い間に、通り掛かったおばあさんが一杯飲んで行く。常連らしい様子で、その表情からはうまいのかどうかがちっとも読み取れない。おずおず試してみると、豆乳からクセを抜いたようなあっさり味。一杯八十円也。水口観賞魚では、夜店を忠わせる水槽で金魚が置かれていた。デメキン二百円。出口に近くなった辺りにある前川商店は珍しいホルモン専門店。小さなケース一つの中に、生タン百八十 ]などおなじみの部位から、ハチノス[百三十 ]、赤センマイ[百六十]、小腸 [九十]、大腸[百六十 ]、テール[二百二十]、バサ (肺)[八十]まで揃っている ([ ]内はすべて百円あたりのこの日の値段 )。近くの店で卵焼きを包んでもらう。胡麻油の香りが香ばしい。店の名を尋ねたら、「名無しのゴンベエだよ」と、おじさんははにかみ笑った。

 東山商店街の出□の左に続いているのがマルシン。ストアのつくりのきれいな商店街だ。魚勝ではめでたい鯛の姿焼きや銀鱈の味噌漬け [三百三十円〜]が美しく並んでいた。鮮魚店をあちこち眺めてみる。それが、タラバガニが一匹七千五百円、生だこが一匹千八百円、鱈の白子が三百五十円、穴子が五匹三百五十円、という具合なのだ! 明石の昼網で上げたばかりのイキの良さも売り物だ。傷みやすいことで知られる鰯の刺身も置かれていたことでその自信が分かる [一盛百二十円]。

 東山商店街の奥には新湊川商店街が続いていた。アーケードがなくなり、公衆浴場や理容店の横で猫が昼寝している。山肌も近くなってきた。

 日が落ちて、新開地の駅の南側に戻る。本通りと呼ばれるそこは、真新しいビルが立ち並び、いくつか残った震災以前の建物と奇妙なコントラストを醸し出している。そんなモダンなビルのひとつ、神戸アートビレッジセンターのカフェ、ヒットパレットに入る。背の高い椅子に腰掛け、大きな窓から往来を眺めてカシス・ビアなどいただいていると、もう夜はすっかり帳を降ろしている。パズルのような一日の断片をひとつひとつ手にとって温めながら、大阪へ帰るホームで電車を待った。


  ※ 新開地駅は前記四私鉄が乗入れてはいるが、神戸高速鉄道の駅である。
  * 神戸新鮮市場全体では五百十六店を有する。







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