フリーペーパー・バックナンバー メニューに戻る
ぶらっと メニューに戻る

みみたぶ通信

§8 ピチカートとフリッパーズ周辺C ‐九五%の意匠の増殖

 先号で紹介した小野島氏のレヴューではフリッパーズ・ギターが時代との真摯な格闘だと称えられ、ピチカート・ファイヴはスノッブな消費音楽だとこき下ろされていた。この二つのユニットを考えるとき、彼の意見は確かに的を得ている。

 フリッパーズが豊かな発想と音楽性を誇る楽曲の中に様々なはぐらかしやおフザケや照れ笑いでごまかしながら、どうしてももがいている自身の心情を映し出してしまう「策士のフォーク・デュオ」であるのに対し、ピチカートはあくまで音楽を素材としてドライに扱いセンスやスタイルで音像を鮮やかに切り取ってみせる「ポップスの職人」である(そしてポップスとは虚構のことだ)。フリッパーズの隠しきれない懊悩の中に現代社会をまっとうに生きる難しさを見つけることはたやすく、ピチカートがただの脳天気な音楽オタクのヒット・メーカーだと位置づけるのも楽だ。しかし、ヒット・メーカーとして知られてきたブリル・ビルデイングのソングライターもの(1)やモータウン(2)の楽曲、筒美京平(3)の軌跡が歴史をへた今、つまらない背景を取っぱらわれてみるとその豊饒さについて素直に語れるようになった。消費音楽を「消費音楽だから」という理由だけで責めるのはつまらない所作だろう。そして、内面を吐露する音楽であれ表層を彩る音楽であれ、どのみち「策士」であり「職人」でないとやっていけない、その単純な事実にこそこの時代のリアルさが垣間見えていると思う。

 「歌は世につれる」と言われる。ピチカートとフリッパーズは特に時代の申し子のように捉えられてきた。彼等の個性は作為的に考えられ練り上げられて提出されたものであり、どうしても「いかに売るか」というコマーシャル戦略にしか成り得ない。ビートルズはほかの何者でもないビートルズでしかなかった。それが個性だ。だが、フリッパーズやピチカートの個性は、はっきり言えば取り換え可能なのだ。なによりそのことは彼等自身が分かっていると思う。僕が彼等を今の時代にリンクしたリアルな存在だと感じるのは、その瞬間だ。圧倒的な量の情報が自身を通過して行くなかで人は疲れながらも何かを感じ、おぼろげな個性を作り上げてゆく。けれども、情報があまりにも圧倒的なため、自身の個性のルーツがたどれない。また、自身の感情を手のひらで温めている時間がないまま育った個性だから、自分の思いに自信を持てない。膨大な情報量に形成された個性が作り出すのは膨大な情報量の音楽だ。だが、膨大な音楽の九五%までが故意に狙った意匠(=照れ)であり、作者が本当に伝達を望んでいた思いは五%に過ぎないだろう。

 それなのに、九五%の意匠は作家にそれが商取引であることをいつしか忘れさせる。そしてさらに、五%の思いは、それすら個性的なコマーシャルとして売り文旬にされてしまう。彼等はそのむなしさを充分知っている(だから時折、彼等は「底抜けにハッピーだ」と言わなければやってゆけないのだ)。曲を書けば書くだけむなしくなることは分かっている。なのに、どうしても書かずにいられない彼等の純粋な情熱に僕は打たれる。と同時に報われない、行き場のない彼等の純粋さを僕はこれからも注意して耳をそばだてて聞きのがすまい。

 ロックの時代は本当に終わったんじゃないかと思う。足りない何かに飢えるには、僕等は多くを知り過ぎてしまったし、こざかしく育ち過ぎた。ほとばしるような思いもなんだか飼い鳴らされ手なずけられた感がある。適度にストレスを発散すれば、あとはこざっぱりと要領よくぼんやりとハッピーに感じながら毎日を送れたらいいとでも言いたげな風情が都市暮らしのそこかしこに見えている。そしてしばしば、本当に大切なものの前で僕等は照れてしまう。自分の中の純粋さが、ともすればコマーシャルになってウケてしまう危険性と背中あわせに僕等は生きている。だから、照れて苦笑いするしかないのだ。
まだせつなさや熱さを忘れていなかった頃の桑田佳祐が一九八四年に書いた”Dear John”という曲がある。凶弾に倒れたジョン・レノンヘの哀悼を誠実に綴った一曲だ。

   夜のとばりに痛みが走り  その手の先を一番好きな女性(ひと)だけに
   闇を切る音  彼女の前で  Just with you, baby  もう一度逢いたい  Johnny
   君のいない世界が 誰かに汚されないと Oh, my word  今はもう言えない
   人が互いのために大事にするものが  大人になるにつれて少しだけ感じる……Love

 そして今、CDメガ・ストアのレジに並んでいると、真心ブラザーズが歌う似たような題名をつけたレノンヘの赤裸々なオマージュ曲が流れる。

   ジョン・レノン  あのダサいおじさん  ジョン・レノン  バカな平和主義者
   ジョン・レノン  現実見てない人  ジョン・レノン  あの夢想家だ
   ジョン・レノン  今聞く気がしないとか言ってた三、四年前
   ビートルズを聴かないことで  何か新しいものを探そうとした
   そして今ナツメロのように聴く  あなたの声はとても優しい
   スピーカーのなか居るような  あなたの声はとても優しい(「拝啓ジョン・レノン」)

 十二年の歳月が流れ、正直さ・熱さはかくも変容した。大人になるにつけ愛の真摯さを知り「もう一度逢いたい」と祈りながら、そのレノンの存在感が以前に増して重く感じられた八四年の桑田佳祐と、新しいものを探そうとした果てに「あなたの声は優しい」と泣きながら、それでも「ジョン・レノン 現実見てない人」と言わなくてはならなかった九六年の真心ブラザーズ。過去を懐かしむだけではどこへも行けないことは分かっている。だがこの時代の奔流のはざまで僕等が置き忘れてきた豊饒な選択肢を僕は決して忘れるつもりはない。そして同時に、ソリッドに馬鹿気ていなくてはいけないこの九〇年代に次々ととび出すトリビュート・アルバム(4)を、過ぎた時代の輝きとも遺産にぶらさがった売名コマーシャルともちがう切実さから見守ってゆきたい。



1 アメリカン・ポップス百花線乱の一九六〇年代前半にヒットを量産した一群のソングライクーたちの根城があったニューヨークのビルを指す。キャロル・キングやニール・セダカ、バリー・マン、バート・バカラックらがここから名曲ヒットを連発した。

2 一九六〇年代以降、ポップ色の強いソウル・ヒットをとばし続けたレコード会社。マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロス等を輩出した。

3 日本の歌謡曲を長きにわたって支え続けているヒット・ポップス職人の第一人者。

4 (主に著名な)ミュージシャンの過去発表した曲を、影響を受けたミュージシャンたちがカヴァーしたものを集めたアルバムを指す。


◆ 次号へ










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送