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レヴュー09


音楽

「ひこうき雲」 荒井由美

小室哲哉は「歌声は成長するものではなく、天分で決まっているもの」だと考えているそうだ。そんな言葉を聞いて想像する。もしキャロル・キングやユーミンがアリアの似合う美声だったら、あるいはソウルフルなパワー・ヴォーカリストだったらどうだったろう。

均質化された、中途半端にうまい歌より、あまりうまくなくても個性が聴こえるみずみずしい歌声が僕は好きだ。その人となりがわかる、表情のある声に魅力を感じる。

ほとばしる才を駆使した作詞や作曲の魔術、凝ったサウンド・プロダクションや流行とのかかわりばかりが取り沙汰されてしまうユーミンだが、彼女の独自性はあの独特な歌声にもあるだろう。特に、メイク・アップが確立された近作より、松任谷姓になる前の荒井由実時代の彼女の声には、まだ若く不安定なままの魅力がつまっている。「きのうは曇り空 外に出たくなかったの」と吐息するグルーミーな低音と、「空がとっても低い 天使が降りて来そうなほど」と爪を立てひっかくようでいてベタッとひしゃげそうになる高音の交錯する彼女のデビュー・アルバム『ひこうき雲』は、声のアルバムでもあると思う。リバーヴ(エコー)の少ない素朴な録音と、あくまで「歌わせる」ためのバックのサウンドがいっそう彼女のレアな声を引き立てている。

小室氏はおそらく声に器楽的な、ムダを省いて無菌室に入ったような完璧な潔癖さを求めているのだろう。僕は、ムダがあって汗もかいて体臭もあって人間なんだと思っている。ファッショナブルな音楽の代名詞だった彼女のアルバムから「肉声」が聞こえてくるからこそ、彼女の音楽は雑誌ではなく読み継がれる名作になり得たのだと思う。

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