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閑話休題四方山噺

その12. 犬の話


 僕は犬が好きだ。今は飼っていないが、本当に好きだ。

 以前、中学生だった頃に家でシーズーを飼っていたことがある。好奇心が強いのに小心者で、はじめての場所に行くときには僕の足と足の間を縫うようについて回り、それまで吠えるのを見たことがなかったのに、落っことしたコンロのグリル台を出し入れする金具のあまりの熱さを怪しく思ったのか、走ってきて鼻を近づけてはワンワン吠えていた。それまで家で犬を飼いだしてから一度も家族で夜に家を空けることはなかったのだが、ある日、家族で焼き肉を食べに外出して戻ったら彼の姿はなく、ミルクにもご飯にも手をつけていなかったので慌てて探すと、彼は閉まっていた僕の部屋の戸を必死でカリカリ引っかいていた。たぶん僕らが出かけてすぐ不安になって駆け回り、何かのはずみで僕の部屋の扉が閉まってしまったのだろう。恐がらせないようにと、僕の部屋以外の明かりはつけっ放しにしておいたのに。彼は「こわかったよう」という目をして僕の腕の中でずっとしっぽを振っていた。

 離乳食の時期、彼は乾いたドッグ・フードを喉につまらせて死んだ。動物病院の先生が翌日の旅行予定をキャンセルして手術してくれたにもかかわらず、次に僕らが見たのは小さく冷たくなった彼のなきがらだった。

 ビデオの中で転がり駆ける彼の姿を見ながら、もう二度と犬は飼うまい、と何度も家族に言った。そののち、母がどこかで犬を拾って「もらい手の人が見つかるまで家で飼う」と言ったときも、心に鍵をかけて用心したつもりだったのに、たった三日いた彼が母の友達にひきとられて行ってしまったとき、彼の乗った車をベランダで遠く見送りながら泣き崩れ、やっぱりもう二度と犬は飼うまい、と思った。

 傷つくのがこわいから愛することを恐れていたんだと、それが犬にとっても僕にとっても不幸なことなんだと気づいたのは、それからずいぶんたってからのことだった。記憶の中をふり返ると、彼らは舌を出し鼻をヒクつかせながらそこにいた。きっと、ずっと待っていたのだ、僕のことを。そうか、君たちも僕がクヨクヨしているのはうれしくないんだな。

 少年だった僕は、小石を積むように、そうして生命の重さをひとつ、知った。

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