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カリオストロの城
 何度見返しても飽きることのない名作―――そういうコメントをするのはたやすいが、こと風化の早い動画作品ということになると、これは相当な事件にふさわしい。
 国営カジノからがっぽり現金を盗み出してフィアット500をかっ飛ばし、偽札であることに気づくやドアとサンルーフから砂煙のようにばらまくオープニングから、銭形のあの名ゼリフに続いて名画世界のような遠景へルパンとのカーチェイスで消えてゆくエンディングまで、ひと時も目を離すことができない。「あの場面をもう一度見てみよう」と早送りで頭出ししたり、ちょっとした退屈しのぎにプレイ・ボタンを押してみたり、そのたびに、ついエンドロールが出るまで見てしまう。このアニメほど完全な娯楽大作があっていいものかと思うような出来栄えであることは、ご覧になった方ならきっと賛同していただけるだろう。数ある宮崎駿作品のなかでも、初監督作品にして、最高作であると僕は信じて疑わない。
 キャラクターの立て方のうまさやストーリーや絵そのものの完成度の高さ、痛快な歯切れのよさ、効果的な音響配置、細部にこだわった美学など、この作品の美点をあげるときりがない。そして、その一つ一つの完成度と互いの有機的な絡み合いはただ事ではない。そんな中でも僕がこの作品にとりわけ惹かれるのは、ジブリ作品にはないからっとした娯楽性。「ナウシカ」以降、宮崎駿は幻想的なファンタジーを通じて人間世界への警鐘を鳴らし続けてきた。学生紛争世代を受け継いだ部分も感じさせるそのメッセージの性質上、ストーリーそのものや主要キャラクター・舞台背景などがウエットである。この点、「カリオストロ」はあくまで娯楽作であり、たとえばルパン一味は困難に巻き込まれ、その壁が高いほど「面白くなってきやがった!」と燃える。幽閉されたクラリス姫が悲哀に目を伏せる暗い部屋の中にあっても、そこで完全なまでに伯爵の暗殺部隊に囲まれても、忍び込んだルパンはウィットの効いた台詞と高らかな笑いでさらりとかわす。この基本トーンのおかげで、ウエットなシーンやキャラクターが浮き彫りになっている。あくまでポップスに立脚する潔さをもった珠玉の楽曲と相通じるものを感じるのだ。


 
 


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