-音楽-

ムーンライダーズ詩集 ドント・トラスト・オーバーサーティー
ムーンライダーズ 新潮文庫(1986)

 サザンやユーミン、中島みゆきらの文庫版歌詞集というのは、1980年代には定番音楽商品として認知されていた。それらはつまり、大物ポップ・スターの歌詞版全曲集であって、それ以上でも以下でもなかった。そんな僕には、当時聞き漁っていたムーンライダーズの「詩集」はひとつの事件だった。
 人気スターだからというだけの出版でなかったであろうことだけは先にお断りしておこう。松任谷由美は女性の視点からリアリティーのある共感を生む歌詞を、爆発的なヒットに支えられて書きつづけていたし、中島みゆきは、「感情的な生き物」だとされる女性の負の部分をテーマに内面写実的な詞で支持を得ていた。桑田圭祐はたぐい稀な才能で、歌詞の物語性や破綻のない語句の関係性を逸脱して、音感やリズムや言葉遊びを様々な角度から当てはめた、実にユニークな作風をものにしていた。だが、この1冊はまったくそういうものとは別物だった。そのことは、彼らの曲を聴き、彼らの歌詞に触れたことがある者にとってははじめから解っていたことだった。

 ムーンライダーズ詩集は鈴木慶一の「欲望」から始まる。
 Hustler
 フォトグラフ 文明の中につるしておけば
 Screw
 ペーパー・ラブ 帝国の中で腐ってゆくぞ
 オー・ヌード オー・ヌード 万年筆で
 オール・ヌード オール・ヌード 眼につく前に
 黒くぬれ 黒くぬれ 黒くぬれ 黒くぬれ

 Fuck you
 夜の街角を うろつく女は
 Shit
 朝の新聞に 売りつけてやるぞ
 オー・ガール オー・ガール オレのカメラで
 オー・ガール オー・ガール 光を浴びて
 身を焦がせ 身を焦がせ 眼を覚せ

 Nymphomania Paedophilia
 Necrophilia Zoophilia 眼をつぶせ

 (後略)


 鈴木慶一の詩が収められている項ははそれぞれ"MOVIES","MAKE LOVE","TV TELEPHONE TAPERECORDER"と3章に分けられている。"MOVIES"の幕開けが「欲望」であるとき、のっけから映画のカットがイメージとなって脳裏に滝となって流れ込んできた。音は古くなる。彼らの残したアルバムも不朽の香りを今も放ってはいるが、反面その芳香はその時代への憧憬をも含んでもいる。しかし、本来ならば流行や時代性など表層を切り取ってゆくのに相応しいフォーマットを持つ「歌詞」というジャンルにあって、彼らの仕事は非常に特異なものだ。
 同書のインタヴューでも触れられているが、ある部分では彼らの歌詞のスタイルのあり方ははっぴいえんど時代の松本隆の方法論と似つつもやっぱり違う。強いて言えばかしぶち哲郎の作品は若きロマンチシズムを根幹とするし、鈴木博文のそれは内省独白的な感傷を標榜する。こういった作風にも松本との類似点はあるが、リーダーである鈴木慶一の持つ資質―はっきりした映像を伴っていながらユーモア、ペーソス、センチメント、紋切り型、批評性、ロジック、そういったどれにも偏りすぎない作品の独自性を打ち立てる姿勢に引っぱられているから、「歌詞」が陥りやすい、安っぽい意味での女々しさがない。

 この文庫を手に入れてから後追いで彼らの過去のアルバムを聞くことになった僕は、言葉で感じた孤高を音がつくことによって癒されるという体験を繰り返した。それは間違いなく幸福な経験だった。


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