王菲(フェイ・ウォン)
「夢中人」;「夢中人」所収

 太宰治は天女についての描写で、「彼女は生まれてこの方地に足をついたことがない。だから天女の足の裏は赤子のそれのように柔らかく愛らしいままである」といったような表現をした。
 南の島の海岸に乾電池をつめたCDデッキを持ち出して砂の上に寝転ぶ。青すぎる、高すぎる、遠すぎる空。天高くにゆったりと風に押し流されている肉厚の雲。その雲に遮られつ、また裸の光を惜しみもなく降り注ぎつ、地表をあまねく照らす太陽。目を閉じても風景は瞼にしっかと焼き付き消えてはゆかない。そして、フェイは羽衣を纏ってゆっくりと空へ飛翔してゆく。僕は、ただこの世のものとは思えぬ天女の足の裏が点になってゆくのを見守っているほかはない。
 映画「恋する惑星」に起用されたこの曲、僕はあとから映像を見たので、余計な先入観がないまま「夢中人」と出会えた。それが本当に幸運だった。
 彼女の姿が天に高くなっても、歌声は空のドームいっぱいに広がって響き渡っていた。その声は時に少女の如く孤独に震え、時に女神のように神々しく輝いていた。そしてまたある時には夜の女の如く甘い獣の匂いを発し、ある時には街に飛び出してゆくかつての恋人の溌剌さにも似ていた。穏やかな表情でいながらも目まぐるしくその姿を変えてしまうせいで、僕は彼女に話し掛けることができない。そうしているうちに、天女は光の影に入って見えなくなってしまう。余韻を残して曲が終わる頃、せめてあの足の裏に少しでも手が届けば、といつも悔やむ。



ケ麗君(テレサ・テン)
「一見イ尓蹴笑」;「ロック・アラウンド・ザ・ワールド」所収

 テレサ・テンが日本でいうところの美空ひばり、そしてさらにアジア音楽世界での国境を越えたまさにトップ・スターであることに、日本はあまりにも無自覚だったが、昨今のちゃんとした再評価が定着し、ようやく彼女の本分が知られるところとなった。いまだに東南アジア諸国の大バコ・ディスコでも、彼女の「舌甘蜜蜜」が「ティアン・ミ・ミ」と称して新しいバック・トラックを携えてダンス・フロアでガンガンに流される。
 そんな彼女は、これまた本当に優れた歌い手が往々にしてそうであるように、歌にジャンルを設けない。この曲は1968年に録音されたロックである。日本では美空ひばりがGSに取り組んで「真っ赤な太陽」を発表したが、GSそのものが非常に日本的なロックの形を有していたように、このテイクにも中国のフレーヴァーが溢れている。笛の音やギターのミュート・カッティングの歯切れ具合が大陸の香りを運んでくる。
 とまあ、これまでは前置き。とにかく、この一言に尽きる。ここでの15歳のテレサの歌声はもう本当にかわいい! 彼女は14歳のデビューから多くの録音を残しているが、そのスタート時点からあまりに完成度の高いヴォーカルであるため、時として彼女がミドル・ティーンであることを忘れてしまいがちなのだ。だから、ここでの「少女テレサ」の一所懸命なロックぶりが本当にほほえましい。それと同時に、こうしたテイクを手にする機会がある(このアルバムは廃盤のため、正確には「あった」)日本の音楽カタログの充実は、世界に誇れる財産のひとつだ。


 中国語には日本語にない漢字表記が多く、中国語フォントをインストールされておられる方でない限りPC上に表記できない文字が多いです。可能な限りの漢字表記を目指しましたので、部首別に漢字を別々に表記し、合わせて見ると一字になるようにしてある個所があります。その場合には該当文字に下線 を施してありますので、目安としてください。
例) イ尓 ⇒ 「あなた」の意味を表す「ニー」(「ニー・ハオ」の「ニー」)。



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