ネイヴィー・ブルーのTシャツを持っていた。ハンカチがカバンの中で丸まっていた。片方なくした手袋が家にあった。靴ひもがよくほどけていた。テレビの中でキャンディーズはそんな年下の男の子を「淋しがり屋で、生意気で、憎らしいけど好きなの」と歌ってみせた。その歌の中では「ボタンの取れてるポケット」だけが僕にはなかった。母にしかられるのがいやでちゃんと取っておいたが、こっそりシャツの胸ポケットからボタンを取った。はじめて異性に告白されたような気持ちになってテレビを眺める日々が続いた。

 そんなある日、キャンディーズの3人は番組の中で記者会見に応じていた。取りとめもないやり取りの中で、あるインタヴュアーがポツリと訊いた。「キャンディーズの皆さんはこの『年下の男の子』で歌われているような男性がお好きなんですか?」。彼女達は一瞬答えよどんだ。今ほどプロダクション・システムが確立していなかったせいだろうか、誰ともなくこんな風に打ち明けた。「いえ、実際は年上のしっかりしたやさしい男の方がいいですね」。

 「あー。それを聞いてがっかりしちゃうファンの方もいらっしゃるんでしょうね」。そのインタヴュアーは続けた。それは紛れもないこの僕だった。キャンディーズはあわてて、いや、好きなタイプはどうかということではそうなんだけど、実際に好きになる人というのはそのときになってみないとわからない云々という取り繕いをしたが、そのときの彼女達とインタヴュアーはもう大人のやり取りをしているだけだった。

 こうして、僕の幼い恋もひとつ終わった。



キャンディーズ旋風

 「8時だョ!全員集合」や「見ごろ、食べごろ、笑いごろ」への出演、「年下の男の子」で伊藤蘭をセンターに迎えたブレイク、ファンからのリクエストでシングル・カットされスタンダードとなった「春一番」のリリース、ピンクレディーを意識したように振り付けが大胆になった「やさしい悪魔」の発表など、キャンディーズは常にお茶の間の大きな話題となってきた。しかし、オリコン・チャートでの彼女たちのベストは3位(「春一番」と「わな」)にとどまっていた。そんな彼女たちが念願の1位を達成したのは、解散に至るまでの活動の総集編として阿木曜子が歌詞中にヒット・シングルの名を織り込んだ「微笑がえし」だった。

 少し遅れてブレイクし、文字どおりモンスター・アイドルとなったピンクレディーには70年代という時代のイコン的なムードが濃厚な今、キャンディーズを振り返ってみると、そのイメージがずいぶん違うように感じられる。それは、僕にとってキャンディーズが最初で最後のアイドルであったという個人的な理由からだけのイメージなのだろうか。

 人気絶頂の状態で、後楽園球場でファイナル・カーニバル(解散コンサート)を開催したことが、キャンディーズを伝説化したのは確かだ。さらに、「普通の女の子に戻りたい」「本当に私たちは幸せでした」というコメントがマスコミにも大きく取り上げられ、流行語となったこともその後押しをした。一般論としてのキャンディーズ旋風に対する認識はこの2つにすぎないのかもしれない。だが、僕にはそうは思えない。

 さまざまなサイトで書き尽くされていることを再現するにすぎないことを承知で書くのだが、まず、キャンディーズの解散が3人の意志であり、当時絶対権力を誇った渡辺プロに反旗を翻したものであったということ。もちろん、一介のファンでしかなかった僕が彼女たちの解散の真相を知っているわけではないが、決してそれがプロデュースされたものではなかったことは今日はっきりしている。3人の意志は固く、プロダクションから口止めされていたにもかかわらず、コンサートで解散を発表。応援してくれる皆さんに、これ以上心の内側を隠しておくことができなかった、というのがその理由である。彼女たちの発言は、渡辺プロはもちろんのこと、マスコミにも「現代っ子のわがまま」だと叩かれることになったが、操り人形になりきるのではなく、自分たちの意志で将来を考えたいというインディペンデント姿勢は、芸能界に大きな風穴を開けたといえるはずだ。

 次に、その後、彼女たちの救いになったのがファンの反応であったところに注目したい。当時のキャンディーズのファン層は大学生・高校生が主体で、彼らはYou Tubeなどで今でも確認できるように、現在の観客ようにお行儀よくあいの手を入れて、バラード曲では口をつぐんでしっかり歌声を聴くというセオリー至上主義者たちではない。学生紛争に沸いた記憶もまだ風化していない時代を反映した声援は、現在の目から見れば荒っぽさを多分に含んだものである。また、「お客様は神様です」という意識の裏打ちのように、キャンディーズの面々はコンサートでもです・ます調でMCをしていて、非常に低姿勢なのである。ファンに対する裏切り行為だと非難が渦巻いてもおかしくない状況だった。にもかかわらず、全キャン連と呼ばれるキャンディーズ・ファン連合(全国区でアイドル・ファンが結束するのはキャンディーズが初だった)を中心に、ファンたちは「彼女たちが望むことを実現させてあげるのが大切なのではないか」と、解散を盛り上げる方向に動く。「キャンディーズ」とはラン・スー・ミキの三人を指すのではなく、関係者やファンを含めた総体を指すのだという指摘があるのはこのためだ。意志を持ったアイドルの巣立ちを支えようとするファン層の情熱に、素晴らしく温かいものを覚える。その結果が、「微笑がえし」のチャート1位だった。

 それから、これは「どのアイドルでも同じこと」だと言われてしまえばそれまでなのだが、彼女たちは音楽に真摯に向き合ってきた。三人の声質がそれぞれの個性を持っているのに、ハーモニーやユニゾンとなると、とたんに滑らかさ・爽やかさ・温かみを増すものとなる。これは初期の曲から時代を追って聴くと明らかになるだろう。彼女たちの歌唱的な成長には目を見張るものがある。「微笑がえし」では作曲家の穂口雄右のアイデアによって、楽譜を渡して初見で即座にレコーディングさせるというスタジオ・ミュージシャンばりのプランが実行され、これを見事に短時間で昇華している。デビュー時には2拍3連がとれなかった彼女たちの成長の跡に、スタッフは歌入れ完了のサインが出たときに涙したというエピソードが残っている。モーニング娘。のデビューが自分たちの力でシングルの売り上げのノルマ達成であったことや、新垣里沙が途中加入に対するコネ疑惑でのバッシングを乗り越えて評価を得たように、アイドルがただの飾り物でなくなったときにファンが呼び覚まされる、アイドルも人間なんだという実感と、地道な努力によるサクセス・ストーリーの感銘深さは今も変わらない輝きを放っている。

 ピンクレディーは、徹底した「商品」だった。大胆な振り付けのステージングや、社会現象を取り入れた阿久悠のキャッチーな歌詞は、商品としての装置を十二分に果たし、どこの小学校でも彼女たちの振り付けをまねて踊る生徒が出てくるという普及ぶりが商品性をさらに高めた。キャンディーズは「8時だョ!全員集合」や「見ごろ、食べごろ、笑いごろ」といったお笑い番組への出演でお茶の間に浸透し、しっかり自前のギャグもこなしたが、彼女たちの中心には常に音楽的向上心があり、楽曲が生み出すイメージとはきっちり差別化が図られていた。これに対して、ピンクレディーは奇抜さという武器が仇になり、いわば消費される要素を大きくした。皮肉なことに、この点においては、ピンクレディーこそむしろドリフターズの担っていた役割に近い存在になってしまった。ただ、これにはキャンディーズの存在との関連もあることが考えられる。ピンクレディーのデビュー時には、キャンディーズはすでに歌謡界での地位を揺るぎなく確立していた。二番煎じができないこともあって、ピンクレディーには視聴者の度肝を抜くような装置が必要だったのだろう。そのピンクレディー・ショックが瞬く間にキャンディーズどころか、日本中を揺るがす社会現象となっていく。

 伊藤蘭は「普通の女の子に戻りたい」と発言したが、キャンディーズは普通の女の子がプロ意識に目覚め、成長してゆく過程をファンとともに分かち合ったアイドルだったのだと思う。鳴り物入りのデビュー時からすでに貫禄さえ漂わせていたピンクレディーとの差は歴然としている。いわば、キャンディーズはファンとの手作り感覚を共有した、マルチメディア・スタイルの未完成アイドルだった。彼女たち以前のアイドルはいわゆる「芸能人」という高い壁の向こう側の住人だったし、ピンクレディー以降のアイドルはどんなに素人風情であっても、膨張するマスメディアの申し子となった。キャンディーズ旋風とは、その狭間に奇跡のように吹いた、人間としてのアイドルを垣間見たファンがその人間性を応援しようとした、生身のコミュニケイションの可能性を信じた、幸せな時代の嵐だったのだと思う。


ALBUM

あなたに夢中 / 内気なキャンディーズ
危ない土曜日 / キャンディーズの世界
なみだの季節
年下の男の子
その気にさせないで
キャンディーズ10000人カーニバル
春一番
夏が来た!
キャンディーズ・ライブ
キャンディーズ1 1/2
キャンディーズ 1676デイズ
キャンディー・レーベル
キャンディーズ・ファイナル・カーニバル プラスワン
SINGLE

あなたに夢中
そよ風のくちづけ
危ない土曜日
なみだの季節
年下の男の子
内気なあいつ
その気にさせないで
ハートのエースが出てこない
春一番
夏が来た!
ハート泥棒
哀愁のシンフォニー
やさしい悪魔
暑中お見舞い申し上げます
アン・ドゥ・トロワ
微笑がえし
つばさ


my best song 悲しいためいき
my best album キャンディース・ファイナル・カーニバル・プラス・ワン
my best lyrick 春一番
my best music わな
my best arrange さよならバイバイ


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