2012年、新しく聞こえてくる音楽に以前ほどの輝きをもはや覚えないのはどうしてなのか。

 青年期までの僕は、「今はそういう音楽を聴いていても、やがて歳をとれば演歌が好きになるんものなんだ」と吹聴されてきた。それはどこか違うな、ということは当時から感じていた。年齢を重ねての落ち着きが自身の音楽の嗜好性を変えるだろうことは理解できる。しかし、僕の世代の「懐メロ」はもはや演歌にはなりえない。若い頃の音楽体験が落ち着きの底辺に横たわり、そんな記憶が眩しく見えるかぎり、演歌の根を持たない僕たちの世代がその方向に傾くとはどうしても思えなかった。カー・ステレオにサザンの「バラッド」を常備している親戚を眺めて、将来僕はそういう趣向の人間になるのかもしれないとも感じた。

 年月を経て分かったのは、確かに若い頃に接した音楽を偏重する傾向は多少なりともあるということだ。しかし、それでも新しい音楽の潮流を蚊帳の外に置くわけでもない。耳に飛び込んできた音に惹きこまれることも往々にしてある。ただ2000年以降、好きなミュージシャンや楽曲は登場しても、新しい潮流となり得る確信を抱いたものには、まだ巡りあっていない。その2000以降、僕がタイに暮らしていることが時代の潮流への反応を著しく鈍くしていることは間違いない。だが、1990年代に渋谷系の席巻を見て以来、果たして本当に日本の音楽リスナーは新しい音楽的ムーヴメントを体験したのだろうか? 僕が知り得る範囲では、ミュージシャンは個別に自分たちの音楽を発表し続けているけれども、それらが合わさって一つの大きなうねりになっている気配はない。

 やはり積年変化なのだろうか、それともやはりタイに暮らしていせいなのだろうか、または、時代性を感じさせるうねりがいま一つ見えてこないせいなのだろうか。2000年以降のミュージシャンは不遇の時代を背負っているように見えてならない。時代を感じとるためには、先行きのまったく見えない社会を見据えながら、自分の内奥に深く入り込んで抜け道のなさを感じとるしかない。そこで他人と安易な連携をとることは、決して真摯な姿勢になり得ない。孤独を背負っていることをはっきり自覚しながら膨張し続け、入り込む隙もほとんどない現代社会に対峙するにあたって、もはやゲバ棒どころか、核兵器すら本来的な武器にならないことも分かってしまった。

 LPの神話時代はとっくに終わり、CDの時代ももはや危うく、時すでにネットから1曲単位でダウンロードするようになっている。これではミュージシャンが職業として成立するわけがない。ゆらゆら帝国の解散などはまさにこのパターンだろう。経済面でも、ミュージシャンの表現媒体としても、音楽は極めて難しい立場に追い込まれている。アルバムという表現単位も、トラック1曲ずつのダウンロード販売の前に風前の灯と化し、ミュージック・クリエイターとして生き残っていくためにはマーケティングを曲単位で意識しなければならなくなっている。そうかと思えばネット社会はYou Tubeやニコニコ動画のような無料媒体への音源拡散をもたらし、SNSやツイッターなどではミュージシャンからの無償配信が営業活動とみなされている。きりのないリアルタイム配信が求められる一方、それに比例してミュージシャンの精魂込めた音源は加速度的に古びて見られるようになっていく。

 ポップ・ミュージックはこれまで、おそらくあまりにも花形であり過ぎたのだろう。実験的・前衛的要素まで含んだ芸術の表現媒体として、映画が若干広がりを持ったにしても、美術にせよ文学にせよ、もともと興味のない層にまで食い入って評価を受けることができたという面で、ポップ・ミュージックは空前絶後の支持を得ることができた。ビジネスと大衆に荒らされきってしまう前にこれだけの実績を残すことができたのは奇蹟と言ってもいい。ミュージシャンが胡坐をかいていられる時代が終わったとしても、それはやがて必ず訪れる帰結だったというほかない。だが、新しい潮流が生まれなくなったことや、表現者が対峙するものがあまりにも厄介な代物になってしまったこととそれとはまったく別の話である。

 物事には旬があり、2000年以降、ポップ・ミュージックにはその旬の勢いが途絶えた。1990年代のサンプリングとコラージュの時代を終え、若者も含め、人々はもう疲れてしまった。不易流行スタイルが横行し、感性がスクエアになった。ロック時代にはあれほど唾棄すべきだったはずの価値観が黙認されるようになり、それに対する弁解のほうを、人々は学習した。そう僕は感じている。

 旬を旬として生きたミュージシャンの重みはますます輝くばかりだ。そんな中に彼らはいる。2011年、プーケットでのローイ・クラトーンで、初めて揚げたコム・ローイが驚くばかりに眩い月光をかすめて飛んでいった夜、実質的な解散を意味するだろう無期限の活動中止発表したムーンライダーズ。リスナーにおもねるのではなく、クリエイターや音楽会社からの熱い支持がレコードを出す権利を与えることのできた時代のど真ん中を生き、「かっこ悪いこと」にくみせず、自身の美学をしなやかに鍛え上げ、音の構築と解体を繰り返した彼らは、ポップ音楽が持ち得た可能性を照射する一筋の光だった。自由で豊かで、音楽が呼吸していることを伝えてくれた彼らの楽曲は、混沌と疲弊した世紀末後の世界を、これからも月光で照らし続けることだろう。


2002年の記事

 化石バンドという形容が彼らにつきまとうようになって久しい。それは悲しくも、この国でのポピュラー・ミュージックの軽薄さ加減を表すバロメーターがまだレッド・ゾーンにあるということを指し示していると、僕は解釈している。

 パンク前夜といわれたイギリスのパブ・ロック(ブリンズレイ・シュウォルツやドクター・フィールグッドなど)がいい例だが、欧米ではロックやポップスを含め、ポピュラー・ミュージックが生活や町の一部としてすでに機能していることが多い。例えば仕事がはねたあとに軽く一杯やるのに、いいハコやいいバンドの音の中で小一時間、ということが年配の人々にも普通にある。会社と家を直行直帰で、仕事でなければ体を休めるしかない日本の社会生活の中では、音楽を聴いて酔い痴れるような余裕などないのだ。こうして、日本ではいまだにポピュラー・ミュージックというものがヒット・チャート中心の、いわゆるティーンエイジ・ミュージックと同義に近い感覚で捉えられている。70年代からほぼ同じ面子で活躍してきたムーンライダーズが化石バンドと称されるのも仕方のないところだろう。

 ただ残念なのは、ムーンライダーズ自体が「解散時期を逃した」と告白しているとおり、彼らにもはや音楽世界への痛烈な一撃を期待できなくなっているのも確かなことだ。ことに日本という国で、疲弊せずにモノをクリエイトしつづけるというのは無理難題に近い。そして、もはやカジュアル衣料の世界でブランド・ステイタスがもたらす流行というものはユニクロや無印良品の前で崩れ去りつつあるのではないかというのと同じように、軽薄なJポップというネーミングを甘受したあたりから、日本のポップ音楽市場も指標なき乱立時代へと突入しており、そういう意味では彼らは非常に時代にコミットしたありようを見せているのだともいえる。

 僕は彼らの音楽を聴きつづけてゆきたい。彼らは決して小手先の職人技で音楽をやっているわけではないからだ。そして等身大の、自分達のロックをやろうとしているからだ。巧みなアレンジや小粋な趣味性、音楽界に衝撃を与えるようなアルバムや常識を覆す曲作りは、もうすでにこれまでのムーンライダーズに充分堪能させてもらった。彼らがデビュー当時から標榜するように「東京のバンド」を地でやっていてほしいと、今はそればかり思う。パブ・ロックのようであってほしい。東京に遊びに行くときには、ついでにライヴ・ハウスに寄って聞いて来たいバンドがある、それがムーンライダーズなんだ、と。


ムーンライダーズの音楽的変遷



A はちみつぱい時代 「センチメンタル通り」

 あがた森魚のバック・バンドとしても知られるこの時代。「赤色エレジー」はあがたと彼らの出会いがなければ生まれなかった。はちみつぱいはフォーク・ジャンボリーにギター&ヴォーカル3人で出演して、ルーズでサイケデリックな「こうもりが飛ぶ頃」を演奏していたが、その後メンバーを増やし、ヒッピー的な同居生活をしながらバンドとなっていく。ペダル・スティールの駒沢裕城が在籍するアーシーな楽曲には、この時代特有の青臭いけれど達観したような姿勢に貫かれている。アルバム「センチメンタル通り」ではもう一人の音楽的リーダー、渡辺勝の曲もあり、直截的な歌詞と70年代フォークの匂いは、ムーンライダーズにはない世界。僕は鈴木慶一の中ではこの時代の飾らないヴォーカルが最も好きだ。


B 70年代の香り時代 「火の玉ボーイ」〜「ムーンライダーズ」

 鈴木慶一のソロのような気持ちで作られたという「火の玉ボーイ」から、バンドとしてのファースト・アルバム「ムーンライダーズ」までの2枚は、祝祭的な香りのする楽曲が多い。後の「カメラ=万年筆」では各曲のタイトルがすべて実際の映画からとられたが、「火の玉ボーイ」はさながら映画のサントラのようにヴァラエティーあふれる楽曲が並び、さながら音の万華鏡のようだ。また、数曲で聴かれる矢野顕子のピアノが文句なく素晴らしく、ティン・パン・アレーも収録曲「火の玉ボーイ」でバウンド感あふれる演奏を提供しており、自然と集まってくる仲間をくわえこんだヒッピー・コミューンの連帯的な香りがする。

 「ムーンライダーズ」ではそこに実験的な要素が加わり、メンバー各人の個性が早くも打ち出されている。かしぶち哲郎はここで早くも名作「砂丘」「紡ぎ歌」をものにして、無国籍でイノセントな彼ならではの作風を確立している(彼ははちみつぱい時代にドラマーのメンバー募集に際してギターを持ってきた逸話を持つ)。岡田徹が作曲だけでなく、唯一作詞まで手掛けた冒頭曲の「紅いの翼」は、それだけに彼の音楽姿勢を明確に伝えてくれる。この時期までの彼らは基本的にアメリカンな意匠を下敷きにしている。楽曲的に好んで聴いているものの多い時代。


C 「プログレ」時代 「イスタンブール・マンボ」〜「ヌーヴェル・ヴァーグ」

 鈴木慶一は当時を「プログレに走ってしまった」と反省に近いトーンで省みているようだが、僕としてはバンドとしての意地を垣間見ることのできる、最も「バンドらしいバンド」であったこの時期が好きだ。ギターが椎名和夫から白井良明に交替したが、分厚い音を志向していた椎名のアメリカン路線とその他のメンバーのヨーロピアン志向のそりが合わなくなってのことだったようだ(個人的な軋轢もあったことを両者は認めてもいるが)。からっとしたキャラクターを持ち、ユニークで飄々とした白井の加入により、ここからムーンライダーズはさらに独創的なバンドになってゆく。そして、即興を中心としてきた彼のギターは、ライヴを皮切りにバンドに大きな刺激を与え、表現の間口を広くした。

 「イスタンブール・マンボ」では表題曲と「ウスクダラ」では江利チエミに提供するために用意した中近東風味のサウンドを使用し、細野晴臣の展開していたチャンキー・ミュージックへのオマージュも感じられる。「ヌーヴェル・ヴァーグ」は「スイマー」「マイ・ネーム・イズ・ジャック」「スタジオ・ミュージシャン」などで聴かれるようにバンドの演奏力を最も開花させたアルバムである一方、「いとこ同士」では初めてMC8を用いてテクノに接近。


D 「ニュー・ウェーヴ」時代 「モダーン・ラバーズ」〜「マニア・マニエラ」

 「アルバム作成に際してなんのアイデアもなかった」という「モダーン・ラバーズ」の突破口となったのは、かしぶち哲郎が持って来た自殺をテーマとする「バック・シート」であったという。ほの暗い欧州趣味に加えて、ポリスの登場による乾いたギター・カッティングと、1拍目にアクセントを持ってこないリズム・スタイルを踏襲した表題曲「モダーン・ラバーズ」や、黒く塗り込めたようなシンセ音が重い名曲「鬼火」をはじめとしたニュー・ウェーヴ的な世界に突入したムーンライダーズは、「カメラ=万年筆」でさらにソリッドになる。架空の映画音楽集というコンセプトで、実際に存在する映画タイトルをそのまま各曲の題名に使用し、パンク度を増しながらドイツ〜東欧的な沈着した色合いを深めた。レコーディングは実験的要素に充ちあふれ、「どうしてスネアがバケツではいけないのか?」「なぜ逆立ちして歌ってはいけないのか?」というところからスタートしたという。

 次の「マニア・マニエラ」は、「あまりに過激な内容」ゆえに、当時流通のなかったCDとしての発売に、カセットブックとしての販売となるという、一時期「幻のアルバム」扱いになってしまったアルバム。「バラがなくちゃ生きていけない」を標語に、当時としては相当にメカニックな音で満ちた内容は、たしかにコマーシャリズムに支えられたレコード製作会社から拒否されてもしかたがないと思えるほど、ポピュラー色が薄い。しかし、だからこそとてつもなく知的に構築された美学が昇華され、花開いている。また、YMOがその成功と引き換えに「BGM」や「テクノデリック」を販売できたのはラッキーなことだと思う。この2作に比すると、「マニア・マニエラ」はまだ親しみやすい表情を持っているからだ。個人的には、この時期に最も思い入れがある(これはけっこう多くのファンが感じていることでもあると思う)。


E 都市の時代 「青空百景」〜「最後の晩餐」

 「マニア・マニエラ」が冷遇されたにもかかわらず、ムーンライダーズはその直後に、180度路線を転換したかのような、スコーンと突き抜けたポップなアルバム「青空百景」のレコーディングをすぐさまスタートさせ、早期リリースする。爽やかで耳障りのよい音の向こうに秘められていたのは、鈴木博文の「くれない埠頭」が示したとおり、都市の孤独感であったように思う。その一方で、ハイパー・テンションな白井良明の「トンピクレンッ子」はこのアルバムのポップ面を代表する顔。そんな楽曲の中にあって、「物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ」で提示される日常の不条理に対する提言は、もはや鈴木慶一以外の誰にも到達し得ない世界観を打ち立てている。

 「アマチュア・アカデミー」ではその姿勢がよりタイトでハードボイルドなものに変化。ライヴでは廃物をステージに積み上げて破壊するというパフォーマンスがあったという逸話そのまま、「Y.B.J.」、「BLDG」ではアメリカの荒廃した一角を思わせる楽曲が並ぶ。

 続く「アニマル・インデックス」では自閉的な迫力を増し、実際鈴木慶一は精神的に病んでいた。その極致が「夢が見れる機械がほしい」であろう。自動筆記のように書いた鈴木慶一の詞は、なぜかまったく別個の岡田徹のメロディーにぴったりと合致。午後になって寒気がすると、藪にアンテナを立てて眠り、自分の声を録音したテープレコーダーを土の中に埋めるという内容は、戦慄的なほどにイマジネイティヴである。ラストの「歩いて、車で、スプートニクで」は、こうした内省的要素から音楽的表現方法の様々な側面まで、彼らでしかなし得ないアグレッシヴだが親しみのある世界を構築し、次作への橋渡しとなった。

 そしてとうとう「ドント・トラスト・オーバー・サーティー」では、世界の音楽的潮流からの影響にインスパイアされるわけではなく、彼らならではのオリジナリティーあふれる世界に到達。「マニアの受難」「何だ?この、ユーウツは!!」のめくるめく展開とダイナミズム、「だるい人」でのクレイジー・キャッツ調の楽曲と蛭子能収のアグレッシヴな投げやり歌詞との融合、「ドント・トラスト・エニワン・オーヴァー・30」におけるライダーズ流ファンクの昇華、そしてアルバムの多くの曲に共通する和太鼓を彷彿させるリズム。行きつくところまで行った6人の姿がかっこよく、美しい。

 こののち、5年に渡った活動休止があり、解散説が流布したが、岡田徹の呼びかけに沈黙を破って「最後の晩餐」を世に問うた。このアルバムではハウス的な手法も見られるが、何より興味を引くのがサイケ的な音の処理である。さらに、「涙は悲しさだけでできているんじゃない」に顕著な、年齢を意識した歌詞のあり方は現在にまで引き継がれている。正直なところ、こののちめくるめく時代の奔流はムーンライダーズを追い越してしまった。しかし、この90年代から、ポピュラー音楽潮流の方も、ミュージシャンの趣味性を最前面に押し出す、意匠(=衣装)の時代に突入していた。ゆえに、彼らはやはりその意味でも時代を反映する存在であったといえよう。この時代が、僕にとって、最初に触れたリアル・タイムのムーンライダーズの世界だけに、思い入れが深い。


G 詩の時代 「AOR」〜「Chao!」

 「最後の晩餐」までは音楽的にさまざまな影響をポップ・ミュージック内のムーヴメントから受けていたが、「AOR」からは年齢と向き合った等身大の音楽とは何かを意識した作風へと変化している。しかし、だからといって彼らの音楽が「前進」をやめたわけでは決してない。正直なところ、僕の持っているアルバムは今のところ、「ビザール・ミュージック・フォー・ユー」まで。音楽の日記のような感覚で聞いている。歌詞にさらなるいぶし銀のような渋みと重さが加わった。

ムーンライダーズ ソロ・他プロジェクト
1973 (センチメンタル通り)
1976 火の玉ボーイ(@)
1977 ムーンライダーズ
イスタンブール・マンボ
1978 ヌーベル・バーグ S.F. @
1979 モダーン・ミュージック
1980 カメラ=万年筆
1982 青空百景 とにかくここがパラダイス A
マニア・マニエラ 恋はPush!Push!Push! A
1983 リラのホテル B
1984 アマチュア・アカデミー Mio Fou D
1985 アニマル・インデックス 彼女の時 B
1986 ドント・トラスト・オーバー・サーティー Duck Boat D
1987 Wan-Gan-King D
1988 架空映画音楽集 C
City of Love E
1989 無敵の人 D
1990 石鹸 D
1991 最後の晩餐 Suzuki白書 @
雷蔵参上 A
海辺の名人 C
からす D
1992 AOR 処方箋 D
カオスでいこう E
1993 アートポート BDE
The Lost Suzuki Tapes @
Tokyo Taro is living in Tokyo @
fin 〜めぐり逢い〜 B
星空のアコーディオン C
三文楽士 D
1994 satelliteserenade @
1995 ムーンライダーズの夜 孔雀 D
Surf Trip E
1996 ビザール・ミュージック・フォー・ユー クジラのハート A
Sings Moonriders D
湾岸ロックタウン D
1998 月面賛歌
1999 ディス・カヴァード Yes, Paradise, Yes @
Birds D
2000 Hirobumi Suzuki & Great Skiffle Autrey D
guitapoera E
2001 ダイアー・モローン・トリビューン ガカンとリョウメイ東海道五次 AE
The Essence of Pop-self C
2002 今日は雨の日です B
2003 Live Egocentrique B
2004 No.9 @
つくり話 B
2005 P.W ベイビーズ・ペーパーバック 江戸ィな僕らのコラボリズム・イカシタ三夜 AE
2006 ムーン・オーヴァー・ザ・ローズバッド
2007 Yestermorrow Village C
Mio Fou U D
政風会 D
2008 ヘイト船長とラヴ航海士 @
凹凸 D
2009 Tokyo7 シーシック・セイラーズ登場! @
自由なメロディ B
Reminiscence B
Le Grand B
2011 Chao!
@鈴木慶一
A武川雅寛
Bかしぶち哲郎
C岡田徹
D鈴木博文
E白井良明


ムーンライダーズの歌詞

 歌詞と曲の関係について、ムーンライダーズほどそのあり方に喧々諤々のあるバンドを、僕は知らない。

 彼らには「ムーンライダーズ詩集 ドント・トラスト・オーバー・サーティー」という文庫本詩集が出版されているが、バンド・リーダーである鈴木慶一の詩作は「歌詞ではなく詩だ」という指摘がなされるだけに、とにかくその世界が音楽を何ら必要とせず、明確なコトバ世界を紡ぎ出している。アルバム「ドント・トラスト・オーバー・サーティー」までの彼の詩には、気品高くありながらスノビッシュではなく、映像的でありながらあくまでコトバであろうとするきわめて独創的な立場が感じられる。また、風説に聞く「ムーンライダーズはエロティシズムに欠ける」という、ロックとしては痛切な一発となるはずの指摘についても、この高い趣味性に彩られた孤高の詩風に、なぜ敢えて下世話な色を加えなければならないのか、僕には理解しかねる。それは松尾芭蕉と小林一茶を同列に評するような行為に思える。

 また、後にも述べるとおり、彼は性愛そのものはテーマとして何度も採り上げてきた。「セックス・ドラッグ・ロックンロール」という言い回しは底抜けに明快な看板だが、この3者に通底しているのは人としての生そのものに関わる何かを見いだそうとする非日常からの俯瞰への欲求であり、この意味において、「ロックンロール」の部分は「詩」と置き換えても「美術」と置き換えても、いささか不謹慎で軽率な例かもしれないが「戦争体験」としてもよい。念のために書くが、このお題目は今日的には、決して自堕落で暴力の陰も宿した快楽主義を押し立てた具体的なロッカーの生活・音楽態度ではない。

 そしてこれは鈴木慶一の詩作だけでなく、彼らの音作りにも共通していることなのだが、動的なのに映画のストップ・モーションのような「東京」的なものがあふれている。ここでいう「東京」は、先述の詩集でも糸井重里との対談で述べられているように、はっぴいえんどが描いたような感傷的な戯画ではなく、70年代から80年代までの東京の空気を自然なエネルギーとして生きた男からのリアル・レポートのことである。彼らのアルバムが映画のような整合性を見せるのなら、それは虚構的な東京という大都市を代弁している証であるのではないか。

 先述の詩集において、鈴木慶一作品だけは次の3つに分類した形で掲載されている。
@ Movies
A Make Love
B TV Telephone Taperecorder
 これはきわめて鈴木慶一の詩作を象徴的に表した表題である。19歳差の男女の自滅的な関係を「皮膚一枚で地獄」とする「G.o.a.p」や、エロティックな意匠をコミカルに描いた「マスカット・ココナツ・バナナ・メロン」、5歳年上の女性への恋のアドヴァイスを波間の泳者に見る「スイマー」、ゲイを扱った「悲しい知らせ」と、性愛を取り上げたAにも彼ならではの視点と表現が冴えわたっているが、残る@とBこそがこの頃までの鈴木慶一のホーム・グラウンドといっていいだろう。鈴木慶一の生まれた1951年はマッカーサーがGHQを解任され、力道山がデビューした年である。その後の怒涛の都市生活の変貌ぶりを、彼は東京の羽田で体験してきた。地方から上京してアッと驚くような認識の転換を迫られたのではなく、いわば彼は自身の成長とともに身につけるもののひとつひとつとして、メディアやオーディオ機器の変遷を体内に取り込んできたし、それに伴った「サブ・カルチャー」の変質も自分に問いかけて答えを出すことのできる状況にあった。

 たとえば「夢が見れる機会がほしい」の「目が覚めたら ラジオ消して テープレコーダー 自分の声入れて 土の中に埋める」という一節。自閉的な孤独を表現するのにこれほど印象的な電子機器の用い方をするには、同じだけこれらの機器を愛し、自分のものとしていなければならないはずだ。

 また、「欲望」では「Hustler フォトグラフ 文明の中につるしておけば Screw ペーパー・ラブ 帝国の中で腐っていくぞ」という最初のフレーズにノックアウトされる。ファシズムとデカダンスとヌーヴェル・ヴァーグ的な香りが混在し、爛熟し過ぎて朽ちかけた都市エロチシズムを切り取った才能に、思わずはっと息を呑む。

 「物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ」に至っては、暗示的な歌詞から複数のヴィジョンが同時多発し、もはやその言葉からどんなメロディーやビートがこのメッセージやヴィジョンを伝えるのを支えてくれるのかと、一抹の不安さえ覚える。そして、ここまでくると、はたして彼の詩作は楽曲に乗ってちゃんと我々リスナーに届いてくるのかという疑問まで生じ始める。声楽曲、特にポップ・ミュージックは一定のビートに則って歌詞が流れてゆくため、その言葉の意味深さに感応できる時間はかなり瞬間的なものになるから、詞と曲との間に齟齬がありはしないかとの懸念が出てくるのだ。

 さて、そんな鈴木慶一作品をヘッドフォンで鑑賞すると、まずは詩の完成された美学が親しみやすい顔をしていることに気づいて驚く。ほとんどの楽曲は何の背景もなしにいきなり大衆受けのする作品ではない。しかし、それが現代音楽やフリー・ジャズではなく、あくまでポップなフィールドからくることにまず安堵するのだ。

 次に、その音像の構築に唸る。彼らの音は「あるべきところにあるものが、多すぎず少なすぎず配置される」という定石的な完全性から程遠いところにある。そこにはもちろん鈴木慶一の詩作を表現するための音世界が向かうべき世界が、いわゆる王道的音作りの範疇に収まらないこともある。だがそれよりも強く聞き取れるのは、時代とも感応しながらも趣味的に音と戯れようとする姿だ。「羊がトコトコ歩いてくるようなギター」などという注文にこたえながらバンドがアレンジを進めてゆくという逸話には、彼らの姿勢がしっかりと表れている。

 こうして音を加えてゆくうちに、彼らのオケは万華鏡の様相を呈し、ひとつのところから派生してひとつのところに収束してゆくのではなく、たえず拡散しながらイメージ宇宙を膨張させてゆく。その中心核にピンで固定されたように、広がった世界をひとつにとどめる役割を、彼の詞は見事に引き受けているのだ。たとえば6分の曲なら、6分の中ですべてを理解されなくてもいい。流れてくる言葉の断片がリズムや音となって漂うだけでもいい。歌詞の内容は、その6分のあとに波のように押し寄せたっていいのだ。そのすべてに配慮が行き届いているのは折り紙つきである。

 メンバー自らが「プログレの時代」だと自己批判している時期もムーンライダーズには存在するが、このバンドはいつだって個人の技量のせめぎあいで手に汗を握らせる手口でリスナーを虜にするような態度に専心することはなかった。作品至上中心主義がプログレを指向させた日々があったということなのだろう。

 クゥオリティーの高さ、とひとことで言ってしまうのはたやすい。だからこそ、その後継者となるべき存在も今の日本にはいない。「書を捨てよ、街へ出よう」と言った寺山修二の気分とはまったく違うところで、ポピュラー音楽に熱狂する世代は書を捨てて街へ出てゆき、そこでのBGMとして似合う音楽が街を席巻し、彼らも年代を強く意識した作風へと変化した。僕自身にとってはそれは若干残念なことだが、それでもムーンライダーズの作品は格別なリアル・レポートであり続けている。


メンバーの資質のせめぎあい

 1986年から1991年までに至る長期活動休止直前の作で、彼らが他のミュージシャンからのインスパイアを超えたオリジナリティーを完全に確立したとされる、これまでの総決算的なアルバム「ドント・トラスト・オーヴァー・サーティー」のレコーディングにあたって、リーダーの鈴木慶一から各メンバーに「禁止令」が出されたという逸話が残っている。岡田徹には歌謡曲的なものの禁止、武川雅寛には自作曲でのヴァイオリン禁止、かしぶち哲郎には叙情的なものの禁止、白井良明にはポップス禁止、鈴木博文にはフォーク的なものの禁止がそれぞれ各メンバーに与えられ、白井良明は自らリズム・キープ禁止も申し出たという。この禁止令は当時結成10年を迎えたムーンライダーズが、メンバーの「手癖」のようなものを封じ、積極的にまた新たな音を紡ぎ出そうとしたものである。つまり、逆さから言えば、メンバーそれぞれの資質の一端を、この禁止令は紹介してくれてもいる。

 岡田徹の作曲になる「ウェディング・ソング」、「週末の恋人」、「さよならは夜明けの夢に」、「ブラッディマリー」、「スタジオ・ミュージシャン」、「水の中のナイフ」、「O.K.パ・ド・ドゥ」には、彼の歌謡曲に通じるメロディー・エッセンスがふんだんに感じられる。一方、「スパークリング・ジェントルメン」、「モダーン・ラヴァーズ」、「Kのトランク」、「G.o.a.P.」、「夢が見れる機械が欲しい」といった、リズムの効いた楽曲も彼には多い。この両者がうまく溶け合ったのが、「9月の海はクラゲの海」、「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」のようなリスナー/ミュージシャンともに支持の高い曲だと思う。
 ムーンライダーズの中で最もポップス感を持ちながら、岡田徹は「週末の恋人」でしかメイン・ヴォーカルをとったことがないため、音像を決定するキーボード・鍵盤類・DTMを外壁として支える裏方の職人を感じさせる部分がある。その姿はまた、1991年の再始動アルバム「最後の晩餐」レコーディングにまず動き始めたのが彼であり、このレコーディング時、リーダーである鈴木慶一のヴォーカルの復権を提唱したことからも感じられるとおり、岡田徹はムーンライダーズの女房役である。女房役が歌謡寄りの性向を持っているというのは、なんだか安心できる。

 武川雅寛はムーンライダーズならではの立ち居地にいるメンバーだ。彼の基本的な担当楽器はヴァイオリンとトランペットで、一般的なロック・バンド編成ではこの2つの楽器の兼任など見かける機会がほとんどない。また、作詞・作曲数がメンバーの中で最も少ない。だが、コーラスで鈴木慶一とマイクをとる武川雅寛の存在感は圧倒的。朗々としていると鈴木慶一が語る彼のメイン・ヴォーカルにもまた、洋々とした朴訥な独特の大らかな味わいがある。「独逸兵のように」や「ハバロフスクをたずねて」、「今すぐ、君を、ぶっ飛ばせ」では、彼以外の誰も表現できない質感を醸し出している。
 他の楽器担当者のように、曲の演奏中常に音をキープしていなければならないという束縛からいくぶん自由な武川雅寛は、ムーンライダーズを最も客観的に見ることのできる立場にいる。そして、いや、だからこそか、彼は最も表現者としてのライヴにこだわっているように見える。本来彼はヴァイオリン奏者だったが、トランペットを手がけるようになったのは、それがムーンライダーズの楽曲に必要であると感じたからである。自身の音楽追求ではなく、あくまでバンド・マン。それでいて普遍的なバンドで必要とされる楽器としては異色のポジションにいる武川の存在が、ムーンライダーズを独自の方向へと導いている。ムーンライダーズがオルタナティヴに括られることが多くなったが、武川雅寛こそその存在であり、しかも最もテクノロジーを感じさせない位置(楽曲の作風を含む)にいるアンビバレントぶりがまたムーンライダーズらしくもある。

 かしぶち哲郎の初期ソロ・アルバムは非常に彼らしい、エレガンス香るヨーロピアン路線だった。その感性が自身の根底にあることは、彼自身があちこちで発言している。ムーンライダーズのファースト・アルバム収録の「砂丘」で、すでに彼の世界は完成されており、「紡ぎ歌」「ハバロフスクをたずねて」のようなユーラシア路線や、「バック・シート」、「狂ったバカンス」の退廃路線、「気球と通信」、「スカーレットの誓い」、「二十世紀鋼鉄の男」、「O.K.パ・ド・ドゥ」、「D/P」でのフォーキー路線、「S・E・X」、「さなぎ」のエロス路線など、その後の彼は様々な方向性を打ち出してきた。ドラマーでありながら、「Frou Frou」と「スカーレットの誓い」以外にことさらビート感を押し出した楽曲を提供しなかったところがいかにもかしぶち哲郎らしい。そもそも彼は、ムーンライダーズの前身ともいえるはちみつぱいのドラマー募集に、そうとは知らずフォーク・ギター曲を披露した、というのは有名な話である。
 自身とかしぶち哲郎の歌詞の違いを評して、鈴木慶一は「〜っぽいと、自分の中で影響を受けていると感じられる部分を取り除いていった結果残るもの」と「堀口大学的な世界」と表現している。かしぶちの書く歌詞は、男性的なロマンを強く感じさせる叙情性に貫かれている。そのぶん、おそらく彼はバンドで一番の頑固者ではないかと、僕は思っている。ヨーロピアンにせよロマンにせよ、彼の中心を流れている音楽や作詞面での資質は、歴史を超えて不変な美であろうとするかぎり、頑固にならざるを得ないのだから。そこにムーンライダーズというフィルターがかかり、彼にも予期せぬものが生まれ、それを彼自身が楽しんでいるところがこのバンドのいくつもある素晴らしい点のひとつである。

 白井良明の徹底してスコーンと突き抜けた明るさが、その後ムーンライダーズが長く続いて行くことにとってどれだけ大切なことだったのか、ようやく近年になって理解が深まったように思う。白井の加入以前、ムーンライダーズのギタリストは椎名和夫だった。ファースト・アルバムからセカンドの「イスタンブール・マンボ」まで、彼の在籍時の作品で積極的な明るさを感じさせる曲のほとんどは岡田徹の手によるポップスくらいで、アルバム全体を通した印象には憂いが含まれていたが、白井良明の参加した「ヌーヴェル・ヴァーグ」以降は音楽的パフォーマンスの半径が一気に広くなる一方、突き抜けた開放感が出るようになった。行進曲にも童謡にも聴こえながら、8ビートのロックであり続けようともする「トンピクレンっ子」は、彼の名刺のような曲である。もちろんそこにはバンド全体の表現力の向上が最も大きな要因として存在するが、練られて決まったフレーズを押し出す椎名に替わって、アドリブ演奏を畑として瞬発力に優れたプレイを持ち込んだ白井のスタイルは、ライヴ・バンドとしても、レコーディングでの柔軟な発想力としても、大きな貢献をしたことは想像に難くない。
 少しだけ鼻にかかった丸みを帯びた彼の声はポップス向きだと思いきや、「犬にインタビュー」でのクールな調子のヴォーカルも聴かせてくれるように、彼のギターもまた音の万華鏡である。他のメンバーがケース・バイ・ケースに楽器を持ち替えることが多い中、白井はとにかく弦楽器の人であり続ける。特に年齢を重ねてからの彼の存在は、バンドに若さを吹き込んでいるように映る。ギター少年の心を失わない白井良明の姿は、たとえ彼らがどれだけストレンジな意匠を持った楽曲を編み出したとしても、ムーンライダーズがロック・バンドの一翼であることを強く感じさせてくれる。

 鈴木博文は実家に構えたWan Ganスタジオを所持していることからも、ソロ作を精力的に発表してきた。打ち込みの音で埋もれた作品であっても、彼の楽曲にはフォーク・ギターを感じさせるものが確かに多い。彼がムーンライダーズとして発表した、リスナー人気の非常に高い「くれない埠頭」、「ボクハナク」でも、それは顕著だ。そのフォーマットは、内省的でリリシズムにあふれる鈴木博文の作品にとてもよく調和している。男としての弱さを美しく描くタッチがかしぶち哲郎との共通点であるが、かしぶちはより耽美的であり、鈴木博文はより無頼派的である。その分だけ、彼は孤独を愛してきたように思う。兄弟は対照的な性格に育ちやすいものだが、実兄である鈴木慶一は徹底外交主義の人である。その兄の推進力を同じバンド内で眼前にしながら、「兄がそうなら自分とは何か」を問いつつ、譲れない自分を探そうとする弟という立場の宿命が、彼の孤独表現に横たわっているように聴こえてならない。
 彼の書く歌詞は映像的である。鈴木慶一やかしぶち哲郎の歌詞も充分に映像的なのだが、慶一の詞はカットの断面が鮮やかなうえにメタ・メッセージ的な要素が多く含有されており、そちらに関心が移りがちだし、かしぶちの場合は絵画を喚起させるような静謐さに彩られている。それに比して、博文が書く世界には具体性を伴った、他人に理解されやすい映像的な動きがあり、映画のワン・シーンを思い浮かべることができそうな手触りがある。しかし、だからといってフィクションのエフェクトがまんべんなく施され、示唆的な言葉がちりばめられており、唸らされると同時に一筋縄でいかない思いも抱えることとなり、それがまたムーンライダーズ・ファンとしてはたまらない。

 リーダーであり、このバンドの顔役である鈴木慶一の資質について端的にまとめることは不可能なので、ここではバンド・マン、あるいはバンド・リーダーとしての彼について少しだけ書こう。その全方位的な感受性から、彼はバンドのアンテナの役目を果たし、そこでキャッチしたものを感応性の高いメンバーとテーマ共有する力に長けていることはつとに知られている。メンバーの誰もが目くるめくセンスと高い技術を持ち、おのおのの音楽上の仕事を山ほど抱えたメンバーを、30年もの長きに渡って率いてきた彼に寄せられる信頼には絶大なものがある。だが、その彼のソロ作は近年になるまで驚くほど少なかった。それはとりもなおさず、ファンを含めたムーンライダーズ関係者の中で最もこのバンドを愛したのは鈴木慶一その人であることを如実に物語っている。
 細野晴臣の項でも書いたが、鈴木慶一は触発の人である。同じ音楽職人でも、細野が彫刻のように塑像を目指す職人であるのなら、慶一は標語を天あるいは偶然から引き出してきて提示するシャーマンのような存在ではないだろうか。「マニア・マニエラ」での「バラがなくちゃ生きていけない」という秘密結社の符丁的な標語だとか、「モダーン・ミュージック」期にディーヴォさながらのヘルメットをかぶってメンバーの前に現れたことだとか、彼が「東京」から受け取った何かをキーに、メンバーが呼応する化学反応で、ムーンライダーズはバンドとしての枠組みを長らく維持してきた。だから、彼がムーンライダーズのメイン・ヴォーカリストであるのは必然であろうし、最も多くの楽器・機材を手がけるのも同じことである。また、こちらも他項で触れてきたように、鈴木慶一の歌詞の多くは、伴奏音楽を必要としない文学的世界を確立している。ムーンライダーズは、「アマチュア・アカデミー」制作時、積極的に受け入れたプロデューサーから「余計な音を足して過剰にしてしまう」と指摘されているが、先ほどの意味においては、鈴木慶一の詞に音が加えられただけで、ムーンライダーズというバンドはすでに過剰なのだともいえよう。そして、その「過剰」は僕たちムーンライダーズ・リスナーにとっては「豊穣」以外の何者でもない。

 これだけのメンバーが多彩な引き出しを持ち寄り、しかも「以前やったことはもうやらない」と、がむしゃらなまでに自らの坑道を掘削し続けたのだから、そこに見られる鉱物の結晶は目に新しくまばゆい。それらを一つ一つ検証するのは星の数を数えるみたいなものだし、ましてや総括することなどとてもできない。そういうわけで、項を締めくくるにあたって、ムーンライダーズを一ライヴ・バンドとして観察してみよう。
 かしぶち哲郎のドラムと鈴木博文のベースは、ロックとポップスのどちらにもカテゴライズしづらいリズム・セクションである。ロックのようにドライヴさせない理性的な抑止力がはたらいている一方、ポップスのような王道との距離を意識したプレイもまたない。バンドきっての叙情派の二人から紡ぎ出されるリズムは、構築美とでも形容したくなるフォルムを有している。
 白井良明のギターはもちろん多彩だが、ライヴではロック少年の魂をたぎらせる。しかも、彼のギターは「かっこいい!」「うまい!」のみならず、あくまで「曲」を表現しようとする。ここではっきりしておきたいのは、「バンドの音を表現しようとする」ではないところで、このバンドはメンバー間の熱いインター・プレイの応酬を繰り広げるようなテクニック至上主義も、バンドとしての一体感を殊更に表現するような肉体ロック主義も卒業してきた。ライヴとしての統一のカラーを意識しつつも、一曲一曲の味つけをどう聴かせるかと、リアル・タイムで聴衆と向き合うとき、白井良明のギターはこのバンドにおける決定的な存在である。
 キーボードの岡田徹は、最も歌に寄り添ったアプローチを聴かせてくれることが多い。アルバムではアグレッシヴな音が次々に飛び出してくるが、ライヴではより親和性の高い音色を用いて、空間をペイントしていく。
 武川雅寛は、トランペットを持つとクールだが、ヴァイオリンでは熱い演奏を繰り広げる。そしてさらに情熱的なのが、先述のコーラスである。ライヴでの爆発力は、白井良明のギターと同じ威力を発揮する。
 そして鈴木慶一のヴォーカルだが、実際のところここが最も表現の難しい位置にある。表現力とか声の質感ということを言い出せば、彼の狙いとは正反対の方向に話が一方通行となるだろう。鈴木慶一が(または全メンバーが)志向しているのは「東京」である。「東京」にはソウルフルだったりパンキッシュだったりグルーヴィーだったり、何かを表現するのにはそれなりのツールがデパートに各種陳列されてはいるが、その一つ一つは具象としてのパーツであり、「デパート」全体でも「東京」全体でもない。それらに対して、鈴木慶一の表現媒体としての声は、非常に記号的である。言葉や文字が、それ自体ではただの連続音声であったり落書きであったりするところに、意味が付与されるとたちまちイメージだけではなく付加価値やメタファーまでが翼を広げるがごとく、彼の歌声はどこまで熱くなってもアブストラクトで、聴き手によるイマジネーションの加味の余地が存分に残されている。
 こうして、いつまでもどこまでも正六角形でもなければただの一直線にもなろうとしないムーンライダーズは、その時々によって果敢な変容の美学を提示し続けた、本当に日本に稀有のバンドだった。冒頭2002年の記事では、彼らへの思いの強さがあまりにも先走ってしまい、とんでもないことを書いてしまったが、僕は彼らの音楽を同じ日本人として聴けたことに言い尽くせない感謝の念を持ち、彼らのようなバンドを輩出した日本に誇りを持っている。


10曲

01 欲望 【カメラ=万年筆】

衝撃的な2つのアルバム「モダーン・ミュージック」と「マニア・マニエラ」(発表順では「青空百景」)に挟まれた「カメラ=万年筆」は、鈴木慶一の印象に強く残るもののないアルバムだそうだ。でもだからこそ、架空のサントラのようなアルバムのつくりだとか、思い切りデカダンスに振れきった狙いだとか、彼らならではの趣味性が解りやすい形で表出している一枚でもあると思う。
薄っぺらでスカスカの音が却ってリアルにむき出しにする隙間の空間が、抽象的で非現実的な世界を引き出す「欲望」。バンドの音を解体し、音響として再構築する作業が、「モダーン・ミュージック」ではよりバンド的で、「マニア・マニエラ」ではより音響表現的な狭間にあって、この曲の立ち位置は両者が拮抗していて緊張感が高い。ソリッドなギターやシンセ、何をたたいてどう音質加工しているのかさっぱりわからないドラム、ぬめりを押し出したようなベースとヴォーカルのアブストラクトな混在が曲をなしており、そこに女性コーラスだけが肉体的に生々しく収められているのが妖しく浮き立って聴こえてくる。
「ムーンライダーズの音楽は暗号だ」と、このアルバムを用いて鈴木慶一は語ったが、それは「判る人だけが判ればいい」と突き放したものではなく、大衆に媚びないで美学に磨きをかけようとすれば、大衆は暗号とみなすんだということを指摘しているのではないかと、僕は理解している。このポピュラリティーと美学の折り合う地点としても、「欲望」は実に絶妙な位置にある。


02 歩いて、車で、スプートニクで 【アニマル・インデックス】

SNSを通じて、この曲を「好きな曲」に挙げている人の多さに驚いたことがある。メロディーを拒絶したようなAメロのヴォーカルや、ノリがあるようでないようなパーカッシヴな編曲や、抽象性の高い歌詞や、そんなものが綯い交ぜになって作られたこの曲の世界観が、いくらライダーズ・ファンとはいっても広い支持を受けているとは想像できていなかったせいである。そんな僕はこの曲を聴くたびあまりの革新性に毎回唸るリスナーの一人である。
空間を生かしたパーカッシヴな歌唱・演奏を切り裂く奔放なエレキギター(あるいは白井良明の開発した楽器「ギタギドラ」)の迫力にたじろぎ、間奏のカオスぶりにもっとのけぞり、この音作りが最高傑作の誉れ高い次作"Don't Trust Over Thirty"の「マニアの受難」「何だ?この、ユーウツは!!」に続いていくことを確認する。この曲は、ポピュラー音楽と呼んでいい範囲の中では、音の構築美の極北と言っていいと思う。
「見えない敵に向けて銃を放つ 頭の上に光るM」という一節。この曲では洞穴とビルの窓という、地理的・歴史的どちらの観点からもかけ離れた場所から星が見えるという情景を描いており、その先に先述のフレーズが登場してくる。歌詞に"M"と表記されている部分は「マス」とも聴こえる。それはマスメディアであるかもしれないし、大衆としてのマスかもしれない。科学文明の象徴としてのマス(数学)やもしれない。そしてそうしたすべてが正解なのかもしれない。"M"と表記することで聞き間違い含めた解釈の謎を提供して、溢れるイメージを喚起することこそが彼らの狙いではないかと思われるからだ。そうして過去〜現在〜未来と、ここ〜最も遠いところをつなぐミッションリングとして"M"が登場するこの展開は、何度なぞってもため息が出る。


03 Don't Trust Anyone Over 30 【ドント・トラスト・オーヴァー・サーティー】
04 My Name Is Jack 【ヌーヴェル・ヴァーグ】
05 温和な労働者と便利な発電所 【マニア・マニエラ】
06 物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ 【青空百景】
07 涙は悲しさだけでできてるんじゃない 【最後の晩餐】
08 マニアの受難 【ドント・トラスト・オーヴァー・サーティー】
09 鬼火 【モダーン・ミュージック】
10 髭と口紅とバルコニー 【火の玉ボーイ】


ALBUM

火の玉ボーイ  1976年1月25日

A面
@ あの娘のラブレター
A スカンピン
B 酔いどれダンス・ミュージック
C 火の玉ボーイ
D 午後の貴婦人

B面
@ 地中海地方の天気予報 〜 ラム亭のママ
A ウェディング・ソング
B 魅惑の港
C 髭と口紅とバルコニー
D ラム亭のテーマ 〜 ホタルの光

ムーンライダーズ  1977年2月25日
A面
@ 紅いの翼
A 独逸兵のように(シャルロットへ)
B お洒落してるネお嬢さん
C 紡ぎ歌
D スパークリングジェントルメン

B面
@ マスカットココナツバナナメロン
A 頬うつ雨
B 湊町レヴュー
C シナ海
D 砂丘
イスタンブール・マンボ  1977年10月25日
A面
@ ジェラシー
A 週末の恋人
B さよならは夜明けの夢に
C ビューティーコンテスト
D 女友達(悲しきセクレタリー)

B面
@ Beep Beep Be オーライ
A ウスクダラ
B イスタンブール・マンボ
C ブラッディーマリー
D ハバロフスクを訪ねて

ヌーヴェル・ヴァーグ  1978年12月25日
A面
@ スイマー
A ドッグ・ソング
B アニメーション・ヒーロー
C マイ・ネーム・イズ・ジャック
D スタジオ・ミュージシャン

B面
@ ジャブ・アップ・ファミリー
A いとこ同士
B 夜の伯爵/The Night Count
C オールド・レディー
D トラベシア

モダーン・ミュージック  1979年10月25日
A面
@ ヴィデオ・ボーイ
A グルーピーに気をつけろ
B 別れのナイフ
C ディスコ・ボーイ
D ヴァージニティー

B面
@ モダーン・ラヴァーズ
A バック・シート
B バーレスク
C 鬼火

CAMERA EGAL STYLO  カメラ=万年筆  1980年8月25日
A面
@ 彼女について知っている二、三の事柄
A 第三の男
B 無防備都市
C アルファヴィル
D 24時間の情事
E インテリア
F 沈黙
G 幕間

B面
@ 太陽の下の18才
A 水の中のナイフ
B ロリータ・ヤ・ヤ
C 狂ったバカンス
D 欲望
E 大人は判ってくれない
F 大都会交響楽

マニア・マニエラ  1982年12月15日
A面
@ Kのトランク
A 花咲く乙女よ穴を掘れ
B 檸檬の季節
C 気球と通信
D バースディ

B面
@ 工場と微笑
A ばらと廃物
B 滑車と振子
C 温和な労働者と便利な発電所
D スカーレットの近い

青空百景  1982年9月25日
A面
@ 僕はスーパーフライ
A 青空のマリー
B 霧の10m
C 真夜中の玉子
D トンピクレンッ子

B面
@ 二十世紀鋼鉄の男
A アケガラス
B O.K.パ・ド・ドゥ
C 物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ
D くれない埠頭

アマチュア・アカデミー  1984年8月21日
A面
@ Y.B.J. (Young Blood Jack)
A 30 (30 Age)
B G.o.a.P. (急いでピクニックに行こう)
C BTOF (森へ帰ろう〜絶頂のコツ)
D S・E・X (個人調査)

B面
@ M.I.J.
A NO OH
B D/P (ダム/パール)
C BLDG (ジャックはビルを見つめて)
D B.B.L.B. (ベイビー・ボーイ、レディー・ボーイ)

アニマル・インデックス  1985年10月21日
A面
@ 悲しいしらせ
A 犬にインタビュー
B ウルフはウルフ
C 羊のトライアングル
D さなぎ
E Acid Moonlight

B面
@ HEAVY FLIGHT
A 夢が見れる機械がほしい
B Frou Frou
C 駅は今、朝の中
D 僕は走って灰になる
E 歩いて、車で、スプートニクで

ドント・トラスト・オーヴァー・サーティー  1986年11月21日
A面
@ CLINIKA
A 9月の海はクラゲの海
B 超C調
C だるい人
D マニアの受難

B面
@ DON'T TRUST ANYONE OVER 30
A ボクハナク
B A FROZEN GIRL, A BOY IN LOVE
C 何だ?この、ユーウツは!!

最後の晩餐  1991年4月26日
@ Who's gonna cry?
A Who's gonna die first?
B 涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない
C Come sta, Tokyo?
D 犬の帰宅
E 幸せな野獣
F ガラスの虹
G プラトーの日々
H Highland
I はい! はい! はい! はい!
J 10時間
K Christ, Who's gonna die and cry?

AOR  1992年9月30日
@ 幸せの洪水の前で
A ダイナマイトとクールガイ(アルバム・ミックス)
B シリコン・ボーイ(アルバム・ヴァージョン)
C さよならを手に
D 現代の晩年
E WOO BABY
F ONE WAY TO THE HEAVEN
G レンガの男
H 無職の男のホットドッグ
I 月の爪

Beautiful Young Generation - HIGH SCHOOL BASEMENT 1  1995年3月1日
@ 名犬ロンドン物語
A 赤色エレジー
B 一人ぼっちの二人
C 大寒町
D LOVE ME TONIGHT
E くれないホテル
F 卒業
Le Cafe de la Plage   1995年6月25日
@ ボクハナク
A 真夜中の玉子
B 青空のマリー
C G.o.a.P. (急いでピクニックに行こう)
D 9月の海はクラゲの海
E さよならは夜明けの夢に
F くれない埠頭
G 海の家 (MINI ALBUM MIX)

ムーンライダーズの夜  1995年12月1日
@ PERLUDE TO HIJACKER
A 帰還〜ただいま〜
B HAPPY/BLUE'95 (アルバム・ヴァージョン)
C Instant Shangri-La
D まぼろしの街角
E 永遠のEntrance
F 渋谷狩猟日記
G ただ ぼくがいる
H 最後の木の実
I 夜のButique
J 黒いシェパード
K Damn! MOONRIDRS
L 冷えたビールがないなんて (INFLARED RYA MIX)

ビザールミュージック・フォー・ユー  1996年12月4日
@ BEATITUDE (album take)
A 愛はただ乱調にある
B 春のナヌーク
C 君に青空をあげよう
D Happy Life
E ニットキャップマン外伝
F ニットキャップマン (alubm take)
G 僕は負けそうだ
H オー何テユー事ナンダロウ
I ガールハント
J 狂犬
K 風のロボット
L スプーン一杯のクリスマス
M みんなはライバル

月面讃歌  1998年7月18日
@ Sweet Bitter Candy
A 幸せの場所
B 彼女はプレイガール
C 月曜の朝には終わるとるに足らない夢
D 窓からの景色
E 君には宇宙船がある
F 海辺のベンチ、鳥と夕日
G Lost Time (ロスタイム)
H 僕は幸せだった
I 服を脱いで、僕のために
J 月面讃歌
K 恋人な眠ったあとに唄う歌
ディス・カバード  1999年11月25日
@ Sweet Bitter Candy
A 幸せの場所
B 彼女はプレイガール
C 月曜の朝には終わるとるに足らない夢
D 窓からの景色
E 君には宇宙船がある
F 海辺のベンチ、鳥と夕日
G Lost Time (ロスタイム)
H 僕は幸せだった
I 服を脱いで、僕のために
J 月面讃歌
K 恋人な眠ったあとに唄う歌

=Bonus Truck=
L 海辺のベンチ、鳥と夕日 (Pro. Alex Gray + Neil Siomns)
M 恋人な眠ったあとに唄う歌 (Pro. ASA-CHANG)

シックス・ミュージシャンズ・オン・ゼア・ウェイ・トゥ・ザ・ラスト・イグジット  2000年12月15日
@ he last picnicat hanging rock
A ブリキの靴
B あっ! 何か聴こえる
C Public Cemetery
D アイスなぼくとアイアンなきみ
E 楽しいとうれしい
F Kのトランク

ダイアー・モロンズ・トリビューン  2001年12月12日
@ Headline
A We are Funkees
B Morons Land
C Bawm Bawm Phenomenon
D 天罰の雨
E Black Out
F Curve
G Frags
H 今日もトラブルが…
I Che なんだかなあ
J 静岡
K 俺はそんなに馬鹿じゃない
L 涙は俺のもの
M Lovers Chronicles
N 棺の中で
O イエローサブマリンがやってくる ヤア! ヤア! ヤア!

P.W ベイビーズ・ペーパーバック  2005年5月11日
@ Waltz For Postwar B.
A Wet Dreamland
B スペースエイジのバラッド
C ヤッホーヤッホーナンマイダ
D 銅線の男
E Bitter Rose
F さすらう青春
G 夢ギドラ'85
H 親愛なるBlack Tie族様、善良なる半魚人より
I 真実の犬
J ばら線の庭
K ひとは人間について語る
L 地下道 Busker's Waltz
M Waltzing

ムーンオーヴァー・ザ・ローズバッド  2006年10月25日
@ Cool Dynamo, Right on
A 果実味を残せ! Vielles Vignesってど〜よ!
B Rosebud Heights
C WEATHERMAN
D 琥珀色の骨
E Dance Away
F ワンピースを、Pay Dayに
G Serenade and Sarabande
H 馬の背に乗れ
I 11月の晴れた午後には
J 腐った林檎を食う水夫の歌
K Vintage Wine Spirits, and Roses
L When This Greatful War is Ended
M ゆうがたフレンド(公園にて) Dub Mix

Tokyo7  2009年9月16日
@ タブラ・ラサ 〜 when rock was young
A SO RE ZO RE
B I hate you and I love you
C 笑門来福?
D Rainbow Zombie Blues
E Small Box
F ケンタウルスの海
G むすんでひらいて手を打とう
H 夕暮れのUFO、明け方のJET、真昼のバタフライ
I 本当におしまいの話
J パラダイスあたりの信号で
K 旅のYokan
L 6つの来し方行く末

Chao!  2011年12月14日
@ who's gonna be reborn first?
A 無垢なままで
B Mt.,Kx
C ハロー マーニャ小母さん
D Pain Rain
E 折れた矢
F Masque-Rider
G オカシな救済
H 弱気な不良 Part-2
I 主なくとも 梅は咲く ならば(もはや何者でもない)
J ラスト・ファンファーレ
K 蒸気でできたプレイグランド劇場で

MEMBER'S SOLO

鈴木慶一
S.F.
A面
@ HAL9000
A 地球脱出
B ロボットの私
C S.F.少年

B面
@ スター・タップ
A 地球に墜ちてきた記憶
B ナスカ平原
C 木星の海・火星の嵐

Suzuki白書
@ GOD SAVE THE MEN [やさしい骨のない男]
A JAPANESE 一次好 SONG [JAPANESE "It's Alright" SONG]
B サラダボウルの中の二人 [ME AND MY GIRL IN A SALADBOWL]
C 白と黒 [WHITE AND BLACK]
D LEFT BANK [左岸]
E WORDS, COLOURS, NOISES AND BOOMS
F 月にハートを返してもらいに [SATELLITE SERENADE
G SATELLITE SERENADE REMIX [TRANS ASIAN EXPRESS]
H 心の底から笑える日来るまで [STILL FIND ANOTHER DAY TO SMILE]

The Lost Suzuki Tapes
@ 人間の条件(ぢょうけん)
A デモクラシー
B 君はガンなのだ
C 国民の煙草新生
D Left Bank(demo)
E 人面犬(demo)
F 人間の条件(ぢょうけん)
G 骨
H ア・イ(demo)
I Eight Melodies(demo)

Tokyo Taro is living in Tokyo
@ GOOD VIBRATIONS
A 吟遊詩人の歌
B 銀座の雀
C INOSISIS PULSE
D 母なる東京太郎

satelliteserenade
@ stellite serenade.01 Saturday Mix with Japanese it's all right song
A stellite serenade.02 Sunday Mix with Japanese it's all right song
B stellite serenade.03 Transasianexpress Mix
C stellite serenade.04 Transasian Dub

Yes, Paradise, Yes
@ Yes, Paradise, Yes
A Yes, Paradise, Yes (Remix)
B Mogami river boat song
C Mogami river boat song (Remix)
D Yes, Paradise, Yes (Ken Ishii Remix)

ヘイト船長とラヴ航海士
@ 宜候(Yosoro)
A おー、阿呆船よ、何処へ
B 夢のSpiral
C KeiichiからKeiichiへ
D Sukanpin Again
E 雨は、今日も、やみそうにない
F 2粒の雨はひとひらの雪に
G 自動販売機の中のオフィーリア
H 偽お化け煙突
I 煙草路地
J Love & Hate
K 白い浮標
L An Old Chicken Boy
M Boat of Fools

シーシック・セイラーズ登場!
@ シーシック放送開始
A 東京5001
B 不戦戦艦シーシック号
C Da Da Da
D 我が名はバーン
E ワイノーズ社「Indy」CM (キャンペーン編)
F スクラップ環礁(廃艦第5号環礁)
G シーシック放送、再び
H 水の中のRADIO
I 組曲
J Chic Piratesよ、永遠なれ
K 悲しきタンバリン
L 愛の瞬間
M 組曲
N シーシック放送は永遠か?
O ワイノーズ社「Indy」CM (求人編)
P 物恋うWaltz
Q FMとAMの間のゴースト
R 放送終了

The Lost Suzuki Tapes Vol.2
@ ウサギと私
A ヘンタイよい子の歌
B エスプレッソで眠れない
C 花咲く乙女よ穴を掘れ
D BLDG(ジャックはビルを見つめて)
E 大切な言葉はひとつ「まだ君が好き」
F Eight Melodies
G サターンバレーのテーマ
H Pollyanna
I All that I needed(was you)
J 10時間
K 白と黒(WHITE AND BLACK)
L はい!はい!はい!はい!
M GOD SAVE THE MEN(やさしい骨のない男)
N サラダボウルの中の二人(ME AND MY GIRL IN SARADBOWL)
O アメリカのELECTRICITY CO.



武川雅寛
とにかくここがパラダイス
恋はPush!Push!Push!
雷蔵参上
クジラのハート


かしぶち哲郎
リラのホテル
彼女の時
fin 〜めぐり逢い〜
今日は雨の日です
Live Egocentrique
つくり話
自由なメロディ
Reminiscence
Le Grand


岡田徹
架空映画音楽集
海辺の名人
星空のアコーディオン
The Essence of Pop-self
Yestermorrow Village


鈴木博文
Mio Fou
Duck Boat
Wan-Gan-King
無敵の人
石鹸
からす
処方箋
三文楽士
孔雀
Sings Moonriders
湾岸ロックタウン
Birds
Hirobumi Suzuki & Great Skiffle Autrey
Mio Fou U
政風会
凹凸


白井良明
City of Love
カオスでいこう
Surf Trip
guitapoera


アートポート
アートポート


ガカンとリョウメイ
ガカンとリョウメイ東海道五次
江戸ィな僕らのコラボリズム・イカシタ三夜



my best song 欲望
my best album 火の玉ボーイ
my best lyrick 欲望
my best music 鬼火
my best arrange 歩いて、車で、スプートニクで



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