たまたま騒がれる前から聴いている場合もあれば、ずっと「これは面白そうだ」と思いながら、世間が沸いていても手がなかなか出ない場合がある。
沖縄に向かうフライトで、ANAはその月のマンスリー・ミュージック・プログラムにピチカート・ファイヴの「スウィート・ソウル・レヴュー」と、結局ユニコーンの最後のシングルになることになる「素晴らしい日々」を選んでいた。
シンプルなミディアム・ロックだった。メロディーにもあまり起伏がなく、これといったヤマ場やキメもない構成で、バックだって何がうまいというわけでもなく、また、そういうアレンジだった。でも、そんなダラダラしたメロディーやアレンジを聴かせてしまう奥田民生のなんともいえない声はやたらと耳の中でリピートを続ける。そして、彼はその曲でこう歌っていた。これがそのすべてだ。
僕らは離ればなれ たまに会っても話題がない 一緒に居たいけれどとにかく時間が足りない 人がいないとこに行こう 休みが取れたら いつのまにか僕らも若いつもりが歳をとった 暗い話にばかりやたら詳しくなったもんだ それぞれ二人忙しく汗かいて 素晴らしい日々だ 力溢れ すべてを捨てて僕は生きてる 君は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける 懐かしい歌も笑い顔もすべてを捨てて僕は生きてる それでも君を思い出せばそんなときは何もせずに眠る眠る 朝も夜も歌いながらときどきはぼんやり考える 君は僕を忘れるからそうすればもうすぐに君に会いに行ける |
那覇の牧志市場を入ってすぐのところにあるCDストアで、僕はすぐさま「スウィート・ソウル・レヴュー」のシングルと「素晴らしい日々」を含んだアルバム”SPRINGMAN”を買い求めた。そして、女性誌をそのまま切り抜いたようなコンセプトが鼻につきかけていた「女性上位時代」以降のピチカートが再び非常に気になる存在になり、奥田民生との付き合いが「人がいないときに聞こう。休みが取れたら」風な、男っぽい独特の無力感とともに始まった。
その当時、「ミュージック・マガジン」誌にユニコーンと森高千里・岡村靖幸の3人を、時代の表現者たる若手ミュージシャン達としてピックする記事が掲載され、おおむね玄人筋の見解というものもこの記事に歩調の合ったものであったと記憶する。確かにそうだった。しかし、こうして時がたてば判る。森高は小泉今日子の焼き増しでもあったし、岡村は限定された部分で尾崎豊でも及川光博でもあった。時代の変化とともにパッケージやコマーシャルは一新してはゆくが、内実では人間の感性が変化してゆく速度などたかだか知れているから、また同じスタンスの偶像を求める。森高にしても岡村にしても、僕は今でも好きだし非難するような気もまったくない。が、類型がなく、現代風「ビートルズの歴史」のようなバンド環境を90年代風に徹底的に遊びながら楽しんだ稀有な存在として、ユニコーンは誠に同時代的な興奮を湛えていた。
同じ逆説的物言いをするユニットとしても、ユニコーンとピチカートではまったくベクトルが違う。小西康陽は「とても悲しいのに」「本当に悲しいのに」(「コズミック・ブルース」;アルバム「スウィート・ピチカート・ファイヴ」所収)と繰り返す中から「どうしようもなさ」そのものを核として抽出し、そこにアンニュイや出口のなさやちょっとした安堵感までをも描き出そうとした。しかし、よりシンプルなバンドであるユニコーン=奥田民生は、もはや小西のようにアンシメトリーを単純応用しようという発想の上にはもういなかった。「君は僕を忘れるからそうすればもうすぐに君に会いに行ける」−あなたはどう解釈するだろうか? 僕はこの歌を、松本隆以来のデタッチメント青春歌謡からの脱却宣言でもあり、当時隆盛を誇ったラップ・シーンのようなアクション・ペインティング的行動姿勢に対する日本的な揶揄でもあると踏んでいる。そうなると、特にソロからの状況を照らして「彼は本当にダラダラとしているだけなのか?」と訝ってもおかしくはない。ただ、彼の素敵なところは、そういう詮索をしたところで「本当に彼がやりたいようにやっているだけで、それがダラダラという言葉で形容されても、それはそれでかまわない」というごく自然な回答に行き着くところだ。
奥田民生は、こんな混沌とした時代にあって、同時代的でありながらこんなにも具体的な存在でありつづける稀有な例だ。
「自分の音楽」。言うはやすいが、僕にとっては果てしなく遠い。
ALBUM |
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