タイ人



 島国で生まれ育った日本人の僕は、タイ人たちの持つ気質に癒され、へこまされ、勇気づけられ、振り回される。
どうにも、きちんと自己主張しながらしっかり自分のポジションを確保するファラン(タイ語で西洋人を指す)や中国人たちの方が、不器用な僕の何倍もうまく立ち回っているようだ。
今ここでタイ人を見つめなおすことによって、日本人とはどういう人々なのかを考えるひとつのヒントが浮かび上がってくるのではないだろうかと思いつつ、筆を進めたい。

 もちろんタイ人にも個人差はあり、一般的に「タイ人」とひとくくりにすると見当違いになる部分はいくつもあろう。
タイ人自身がよく「人それぞれだよ」と僕に指摘してくれることも多い。
ここでのお話はどれも、日本でひとつの話題として採り上げられる「県民性」のようなつもりに捉えてほしい。


1 地方性

 メディアの中央集権化が進んだ島国暮らしの日本人から見れば、我々の持っている「県民性」に比べて、タイの地方性は際立っている。
そして、タイ人たちもそれを意識しながら生きている。
日本を旅行したタイ人は「どうしてこうも同じ顔つきをした人ばかりなのか?」という印象を抱くと聞いた。

 バンコク人から見ると、他地域に暮らす人間はだれもが田舎者のようであるが、特にイサーン人を馬鹿にする傾向がある。
お笑い番組でもよくその手のこきおろしがネタとなっている。イサーン人はそれを聞いて笑っている。
そこにこの国の不思議と魅力があるような気がしてならない。

 イサーン人と北タイ人はお互いにちょっとしたライヴァル意識を持っている。
また、南タイにはイスラム教を信仰している人の割合が高いのと、血の気が多い人が多いせいか、バンコクでは若干敬遠されているムードがある。
地方に住んでいるタイ人からすれば、バンコク人は冷たいというが、都会に暮らす人への感想は、どこの国でも同じ意見。

 人種のるつぼ的な感覚を味わうには、マレー系・中華系・インド系がはっきりと見て取れるマレーシアやシンガポールの方に分があるかもしれない。
しかし、人間臭さにおいて突出したタイでは、その人その人の個人的な資質に触れる機会が多いから、知り合った人の数だけ地方性が浮かび上がってくることだろう。


A 北タイ人

 ビルマや北ラオス人は日本人に似ているので、国境を接している北部タイに住む人々は、やはり私たちに親しみの持てる顔つきをしている。
肌が白いので、日焼けにコンプレックスの強いタイ人たちからは羨望の眼差しを受けることも多い(タイ人の場合、女性に限らず、男性も色白が好まれる傾向にある)。

 話をしていると、感性も日本人と共通したところが多いように感じる。
ただ、おっとりした部分が強く感じられる人が比較的多い。
そのぶん、何に価値をおいて何を楽しみに暮らしているのか分からないときがある。
時の流れゆくままに暮らす人たち、そんなイメージがある。

 イサーン人を見下している傾向がうっすらとあるが、普段はそんなことを口にしない。
波風を立てずに、あくまで物腰柔らかく対人関係を保とうとする人が多いのだ。
だから、気が利く人の率も高い。
旅行者にそれなりの好奇心を持ってくれる人も多く、精神面でも日本人と共通した感覚が高いので、話していて楽しい。

 北タイはビルマ・ラオスと国境を接しており、中国雲南省からの距離も近い。
もともとタイ族自身、中国から南下してきたと考えられているだけに、ビルマ・ラオス・中国と民族の重複が多い。
タイ・ヤイ族、タイ・ルー族、アカ族、ヤオ族、ラフー族、パダウン族(首長女性で知られる)など各国の少数民族が暮らし、混血化が進む一方、主に山岳地域でそれぞれの部族固有の伝統をある程度保つ集落も残っている(旅行者には、こうした村落へのトレッキング・ツアーが人気である)。
こうした多様な民族が混在していながら、北タイではお互いの民族的な軋轢をほとんど耳にすることもなく、見事に溶け合って共生している。ここにも北タイ人たちの受容性の高さが見て取れる。

 その一方で、カレン族を中心とした大規模な難民キャンプも存在する。
メー・ソットには大規模なキャンプがあり、アジア初となった日本の第三国定住政策でやってきたカレン難民のいたメラ・キャンプもここにある。


B イサーン(東北タイ)人
 作物の育たない痩せた赤土であるイサーンの土地だが、貧しさゆえの貪欲さなどとは無関係でいる人が多いのが不思議だ。
やたらに人を笑わせようとする、底抜けに明るい人が多いのも特徴。
その一方で、徹底的に出しゃばらない奥手な人も多い。
イサーンと大阪の共通性を指摘する日本人が多いが、たしかに笑いに対する貪欲さや、コンプレックスと開き直りに支えられたプライドの持ち方などに似たところが多い。
ただし、ぐっと控えめな人も多いところはまったく好対照である。
外国人旅行者に爆発的な人気を持っている名所が少ないこともあって、旅行者に興味を投げかけてくれる人も多い。
この際、相手の懐へダイレクトに飛び込んでくるように感じたりもして、これまた大阪を彷彿させる。

 鼻梁が低く、横に広がったような形で、その鼻の形にコンプレックスを抱いている人が多い。
また、子どものころに田植えを手伝った日焼け具合を気にしている人も目につく。

 北タイ人にぼんやりしたライヴァル心が感じられることがあるが、チェンマイに憧れをもっている人が多い。
前述のように北タイ人からはうっすらと敬遠されているところがあることも含め、大阪と京都の関係に似ているところがあるようにも見える。

 イサーン地方はもともと現在のラオスの領土であった地域が多く、民族的にもラオ族に端を発する人々が多い。
イサーン語はタイで最も有名な方言だが、これはアクセントや発声にいくらか差があるものの、ほとんどラオ語である。
ただ、色白な人も多くおっとりしているラオス人とはすでに雰囲気がずいぶん違っている。
海上にしか国境線を持たない日本人の著述からは「国境で分断されてはいるが、共通性が高い」という指摘が様々な国境地域に用いられるが、当然ながら、国境が分断しているものは圧倒的に多い。

 一方、カンボジアと国境を接する南イサーンには、やはりクメール人のルーツを持つ人々がたくさんいる。
こちらはカンボジアとの共通性があまり高くない感覚がある。クメール語を話すことができる人も多くはないし、民族的に繋がっているという意識が少ないように見受けられる。

 また、北東にある国境の街、ナコーン・パノムにはヴェトナム人が暮らしている。
タイと国境を接していないヴェトナム人がここにいるのは、ヴェトナム共産化時に祖国から居を移すに当たって、同じく共産主義に走ったラオスには腰を下ろせなかったという歴史背景があるという。

 貧しくてもよく笑い、のんびりと人生を謳歌する。個人的には、イサーンの人こそが、私たちが思い描きやすいタイ人像に最も近い存在なのではないかと思う。


C 中央タイ人
 バンコクにも近いため、ちょっと垢抜けた雰囲気をしている人が多い。
地域的にバンコクに近くて文化や言葉の差が少ないせいか、バンコク人と見た目の差がほとんどないためか、バンコクで暮らしている姿も板についているように見受けられる。

 たとえば観光地に出かけたとして、最も商売っ気が薄いのがこの地域の人々である印象がある。
アユタヤーやカンチャナブリーなど、外国人旅行者に定番の場所を除けば、トゥクトゥクやバイク・タクシーが声をかけてくる率が最も低い気がする。
僕としては、非常にありがたいことだ。
これを裏返せば、旅行者に対して積極的に話しかけてくれる人は多くない。
当然バンコクに比べておっとりしているから、これも旅行者に対する距離を少し広げるもとになっているように思う。
個人旅行だと、けっこう寡黙な旅になるかもしれない。

 中央タイ地域が唯一接しているのがビルマ。
そのため、西側にはビルマ国境に位置する少数民族がいる。
特に、「クワイ川マーチ」「戦場にかける橋」などで知られるカンチャナブリーには、タイ政府の移民局が設置されている。
しかし、文字どおりタイ中央部であることと、それぞれの民族が旅行者から好まれるような際立った慣習をあまり持っていないことから、注目されることは少ない。



D バンコクのタイ人
 タイの中にはバンコクという国が別にある、という形容がよく聞かれる。
タイの地方都市が結局は街であるのに対して、バンコクだけが都市と称されるグループに入るだろう。
生粋のバンコクっ子は、そういう意味でわれわれの想像するタイ人らしくない。
もちろん、タイ人の中では群を抜いて垢抜けている。

 都会人であるため、プライドが高く、鼻にかけているところがある人がけっこういる(特に金持ち・中産階級に多い)。
やたらとつんつんしていたり、いかに自分のステイタスが高いかということを延々と自慢したりする人もいて、日本人には苦手なタイプなのではないかと思われる。
価値観も多様化しているので、個人の生活を大切にしており、それに伴った晩婚化・少子化傾向が見受けられる。
あまり知られていることではないと思うが、タイのこうした核家族化に伴う晩婚・少子・老齢化社会現象は日本よりも急ピッチに進んでいる。

 バンコク以外の出身者は田舎者だと思っているのは、どこの国の首都でも同じだろう。
ただ、前述のとおり、日本で東京と他の地方都市の格差を見るのと、タイでバンコクと他の街を比べるのでは、落差があまりに大きすぎる。
明らかにバンコクでは富の集中が起こっているせいだ。
そのため、地方に住む人々にとってはバンコクは出稼ぎの場所である。
しかし、ろくな下調べもつてもなくやってくる人が多すぎるので、スラムが拡大してゆく。
一方、財をなした主に中華系・インド系のバンコク人たちは、遺産相続にほとんど何の課税もない状態を活かし、政治にも癒着して安定した地位を保つ。
この図式は、見えないカースト制度を持っているタイの縮図であると言えよう。
ただし、1980年代後半あたりから徐々に、バンコクを中心にして明らかに中産階級が増加している。
票田獲得の公約とはいえ、2011年に与党となったプア・タイ党は「3年以内に大卒初任給を最低3万バーツに引き上げる」とまで豪語している。

 もちろんバンコクには他地域からの流入者が相当な割合で存在する。
そして、お互いに仲がよさそうに見えても、結局最終的には同郷出身者どうしが肩を寄せ合っている姿が目につく。
愛国者でありながらも最終的に地域性、もっと言えば家族・親族に絡め取られているタイ人に対して、我ら日本人は国民意識からも地域色からも血縁からも、あるいは自由すぎるほど自由でいる。

 海外からやってきた旅行者がひしめく大都会というこのシチュエィションでは、公共交通を利用して名所やショッピング・センターを巡る観光では、客引き目的以外でタイ人から興味を持たれる可能性は高くない。
ただ、話せば乗ってきてくれるタイ人は多いので、自身の積極性が関わってくるだろう。

 他の民族ということでは、コ・クレットやプラプラデーンがモン族の集落ということで有名だ。
国王の命令で、この2ヶ所は長らく開発を禁じられており、それが現在においては貴重な、素朴で土や緑の香りのするコミュニティーの存続を許し、却って名所となっている。
モン族のソンクラーンはタイ族のそれより時期が遅く、独自のカラーを持っていることで、タイ人観光客が集まっている。
また、バンコク郊外のサムローンにはクメール市場がある。



D 南部タイ人
 細く長いマレー半島の地形上、南部の北端と考えていいプラチュアプ・キーリカーンに住む人と、南端最大の街ハジャイの人とを一緒に語るのは難しい。
僕自身、最もつきあいが薄いのがこの南タイ人なのだが、数少ない経験とタイ人たちの風評から、ここでは南部の中央に位置するチュンポーン以南の人々について観察してみたい。

 概して言われるのが、早口なうえ短気であるということ。
このあたりには、海に面した地域が多いことが影響している気がする。
いわゆる「漁師町」の気風が感じられるのだ。
たまに、その相手が女性であっても、質問を受けたときに何かを突きつけられているような、時間の猶予さえあまり与えられていないような気分になることもある。
ただし、その反面、気長な人は相当に気長でもある。
この落差が非常に大きいのが特徴であろう。
ちなみに、「早口で短気」は、僕の印象では、南になればなるほど強くなっている気がする。

 また、金銭に関してシビアな人が多いように感じられる。
値引き交渉で最も苦戦した記憶がある。
これもまた、海が関係しているのかもしれない。
というのも、南タイにはプーケット、クラビー、パンガー、カオラック、サムイ島、パンガン島、ピーピー島など、リゾートで名を馳せる場所が多いからである。
もちろんチェンマイやアユタヤーなど、ビーチではない有名な観光地でも値段交渉は簡単には進まないが、ビーチ・リゾートには貧乏旅行者や個人旅行者が少なく、旅行に大盤振る舞いが起きやすいため、こうした傾向が見られやすいのではないかと思う。

 上京する人が比較的少ないせいか、地域性の話をするときにも、南部タイ人の例が挙がってくることが、バンコクでは少ない。

 旅行者に対する関心は一般的な程度だろう。
積極的な人もいれば、まったく奥手な人もいる。
観光客が多い地域では相手にされることが少なく、旅行客が珍しい地域になってしまえば敬遠される。
そういうごく普通のイメージを持っている。
ただ、一度知り合いになると人懐こく、非常に親切になる人が多いように感じる。

 地域がらイスラム教徒が多いが、仏教徒からは一歩引いた雰囲気で見られている。
ただし、タイには国内全土にイスラム寺院が見られるし、スワンナプーム空港にもイスラム教徒のための祈祷室が設けられている。
その一方、深南部のナラティワート、パッタニー、ヤラーの3県を中心に独立運動が展開され、近年では特にタクシン政権が強硬策を採った2001年以降、断続的にテロが勃発している。
実際、この3県ではタイ語よりもマレー語の通用度が高く、宗教でもイスラム教徒が圧倒している。
民族融和政策ではかなりの成果を収めているタイにあって、南部問題は最大のネックとなっている。



2 階級

 タイでははっきりとは見えないカースト制度のような感覚があり、基本的には金持ち層と貧乏層ではお互いに接触の可能性が低くなっている。
例えば、旅行者が行きそうなショッピング・センターの前で物乞いがいることがあるが、彼ら・彼女らに施しをしようとするのはたいてい自らも金銭に余裕があるわけではないタイ人だ。
裕福層は地下の駐車場から直接車道に出ていくため、彼らの姿を路上に認めることすらない場合もある。
遊びに行くとしても、ハイソな店には一般層の客は行きたがらない。
居場所がないと感じるから、ちっとも楽しく感じられないらしい。
反対に、庶民的なローカル・カラオケなどに金満タイ人が足を向けることもない。
そんなところに入ることは、自身のプライドが許さないし、楽しみを見出すことも難しい。
結婚もこの階級差を飛び越えることはほとんどないし、第一出会いの場がない。

 かつて、日本との取り引き交渉に臨んでいたタイ人エグゼクティヴに、そのころ新聞紙上を賑わせていた日本人の東南アジアへのセックス・ツアーを謝罪することから話を切り出したら、彼らは憤慨したと聞く。買春旅行に対してや、話題としての適合性のためではない。「自分たちを売春婦と同列に扱うのか!」との怒りだったという。

 実際、タイがまだアジア通貨危機に晒されていた1999年に、ふとしたことでサイアム・スクエアのセンター・ポイントで知り合ったタイ人の買い物につき合うと、カードで次から次へとポンポン買い求めてゆくので、1日あたりの出費を聞くと、2万バーツ(約6万円)は下らないと言うではないか。
それは、その翌年に僕がタイで得た職場での月給と同額だった。

 裕福層の生活ぶりは、僕自身あまりよく知らない。
知り合う機会がない。
1999年までは、旅行者としてしか僕はタイに関わっていなかったが、居住者となってしまうと、よけいに遠い世界の話となってしまった。
彼ら・彼女らと出会うことがあるような場所に行けば、それ相応の出費を覚悟しなければその場を楽しむことができない。
日本円で日本並みの給与を受け取り、旅行という浪費の口実が与えられないでいると、タイのハイソには縁が遠くなってしまうのである。

 ただ、僅かに知っていることとしては、まず、国民の義務である兵役を賄賂や海外留学などで回避する。
大学は国立の名門チュラロンコーン大学やタマサート大学、私立の最高峰マヒドン大学よりは、欧米の大学に人気がある。
そして、一般的なタイ人像からは考えられないくらい仕事に対して熱心で実直な人が少なからずいる。
若者には仏教離れの傾向がある。そういったところだ。

 タイには大卒平均初任給という考え方がない。
学歴もまちまちで、初任給というのもピンからキリまであるからだ。
また、商業に携わる人口が多いため、給与額は月の儲け次第になっている人も多い。
それでも一般的なタイ人のだいたいのところを考えれば、学歴を問わない仕事であれば、1万バーツ(約3万円)に満たないくらいであろうと思われる。
ちなみに、警察官の給与額は9000バーツで、そのため、副業が認められている。

 不景気やアメリカナイズの影響があるものの、やはり日本の会社には終身雇用的な側面が強く残っており、転職が多いことは個人の履歴としていい印象を残さないし、すぐに転職をすることはその人の個人的資質が疑われることになりかねないが、タイではこの正反対。
少しでも待遇条件のいいところにはどんどん移っていく。
同じ会社で長々と働いても一向に処遇の変化がないことを甘んじて受け入れるのは、あまり褒められたことではないという空気さえある。
昇給にしても、技能給のほか、転職でのベース・アップというのが一般的な考え方のようである。

 庶民派に属するタイ人には貯金の意識が薄い。これにはいくつかの理由がある。

 まず、子が老いた親の面倒をみるのが当然であるという常識があること。
愛情表現が非常に直接的なタイでは、「お父さん、お母さん、愛しています」という言葉を親がことあるごとに求める場合も多く、特に女性の場合には親に対する敬愛の情が非常に深い。
仕事にしても長続きするのは女性の方だったりするので、老後の金銭的な心配が日本ほど深刻ではない。

 次に、郷里が都会ではない者にとっては、「田舎に帰ればなんとかなる」というバックボーンの存在も大きい。
地方には仕事が少ないので、バンコクに仕事を求めて出てくるタイ人は引きも切らないが、南国タイでは庭に植えた果物が年中実を結ぶように、食いぶちに関しても最終的に何とかなる場合が多い(ちなみに、タイの食料自給率は160%を数える)。
親戚づきあいから金銭の貸借があったり、お金は持っている人間が払うものという観念が身を助けてくれたりするという部分も大きい。

 それから、通貨に対する不安が大きかったことも理由の一つとなろう。
1997年のバーツ下落から始まったアジア経済危機にも伺えるように、タイでは通貨としてのバーツをどこまで信用していいのかという問題が長い間つきまとってきた。
そのため、女性は金製品を求めることが多い。
世界中で安定した価値が認められた金を買うことによって、アクセサリーとしても用いることができるからだ。

 酒を飲んで騒ぎ、賭け事好きな人が多い。
気立てがいいが、やりくりや予定行動は大の苦手。
子育てにお金が回らないと、子どもを出家させる。
明日はどこ吹く風で毎日をたくましく乗り切っていく。これが庶民派の一般像である。

 バンコクを中心として、特に2000年以降、急速に中間層の形成が進んでいる。
それとともに、街も見違えるように美しくなってきた。
コンドミニアムの建築ラッシュはとどまるところを知らず、比較的高級なはずの日本料理店にも人が押し寄せている。
やがてはこの中間層がこの国のあり方を変化させていくのではないかと思われる。ただし、こうした傾向は地方になるとまだまだ低く、その全土的な実現までにはまだまだ長い年月が必要となろう。



3 男性・女性

タイ人男性

 
 恋愛においては非常に積極的な人が多い。
チャンスとあらばすぐに行動に移し、献身的な努力を積み上げる。
女性に認めてもらえるまで、毎日何通もメールを送ったり電話をかけたりして、半年〜1年かけてようやく交際にこぎつけるというケースも一般的なので、狙いをつけている女性が同時に複数いることも多い。
これは、異性への告白やアプローチは男性からするものであるという慣習が根強いためでもある。
タイの治安のせいでもあるが、彼女が一人で出かけたりどこかから帰ってくる場合の送り迎えは、タイ人男性の基本的な責務である。
そして、男性が職に就いている場合、資金的な援助を行うのもほとんど男性の義務となっている。
日本で一時期流行語となった「アッシー」「メッシー」というのは、タイでは至極当然のことであり、むろん、それに該当するような言葉はない。
また、後者の「彼女に対する資金援助」に関しては、日本人にしてみれば、これは援助交際的なものではないのかという疑念がつきまとう。
結婚に関しても、新郎となる男性が女性の実家に結納金のようなお金を払い、金を数バーツ(この「バーツ」はタイの通貨単位ではなく、金の重さの単位で、1バートは約15グラム)納め、結婚に関する出費はほぼ男性が受け持つ形になるが、これを人身売買のように感じる日本人もいると思う。
それはともあれ、男性は女性に尽くすというのがタイの親密な男女の基本的な発想である。

 このように、最初は日本では考えられないくらいにマメで、タイ人男性はそこに自分のプライド=男の沽券をはさむこともあまりないのだが、つき合い始めたり結婚したりすると状況が一変する場合が多い。
タイ人の多くは男女を問わず責任感という言葉から縁遠い意識で暮らしているが、女性のように妊娠・出産の可能性や、初々しさに価値があるという男性側からの価値観の押しつけから解き放たれているぶんだけ、タイ人男性の場合、さらに無責任なところがある。
子を残して雲隠れという話もよく耳にする。
前述の、結婚に際する男性の一方的な出資は、離婚後の子に対する養育責任や調停などに縁のないタイ人なりの、女性を守る次善策であるともいえよう。

 同じ理由から、概して浮気性の人が多い。
あるタイ人女性から「タイ人との結婚は、宝くじに当たるようなものだとよく言われている」との指摘があり、言い得て妙である。
タイにはミヤ・ノイという言葉があり、これは日本でいう愛人のことを指す。
このミヤ・ノイは日本より一般的である。女性の側から認められているわけでは決してないだろうが、自身の資産力にかかわらずミヤ・ノイを持つタイ人男性はけっこう多い。
僕もよくタクシー運転手に「ミヤ・ノイはいるか?」と尋ねられたりする。
結婚もしていないのだと説明すると、「では紹介しよう」と言われて慌てることしばしば。

 地方に住んでいたり、郷里に帰ることができるという選択があったりすると、職がなくてもどうにかして食いつないでいきやすいタイでは、男性が無職の状態に陥りやすい。
しかも、ニート化するわけではなく、博打や酒に走る人がごまんといる。
殊に、サッカー賭博や闘鶏にのめり込む男性の姿はよく目にする。
これには、結婚生活や子供の養育に関する責任感の薄さに加え、親の甘やかしや放任が大きく関わっているだろう。
女性の方に甲斐性のあるタイプが多いため、最終的には男性が遊んで暮らしていきやすいという条件もある。
また、そこには日本人が想像する男性の男としてのプライドはあまり強く意識されていない。
女性からは甲斐性よりもマメさが求められることにもその原因があると考えられる。

 表面にすぐ現れてくる印象と、その人の内実に開きが少ないことが多い。
タイのドラマを観ると、悪役は見かけた途端にそれらしい表情ですぐに判別できるようになっているが、タイ人男性はその延長線上にある。
実直なイメージの人は、実際どこまで行っても実直だし、何かをごまかしたり繕ったりする人は、それが一度目についた時点で、今後その人との付き合い上に何度もその問題を抱え込むことになることを覚悟した方がいい。
この意味あいにおいては、タイ人男性は女性よりもストレートである。

 家族において、父親の影はかなり薄い。
日本でも幾分かこうした傾向はあるが、それはかつて男たるもの黙ってどっしりとし、軽はずみにしゃしゃり出ないことが美徳とされたこと、そして現代的には仕事に追いまくられ、休日にも接待ゴルフなどで留守がちであることにその理由があろう。
だが、タイでは学校教育からして、母親がいかに家庭において慈愛の対象となるべき存在であるかを説くような、徹底した母親偏向があり、父親の存在感が相対的に薄くなっている。



タイ人女性


 恋愛においては、日本人の目から見ると女性至上主義的な部分がある。
これは、女性にとことん尽くすことで信用を得ようとするタイ人男性が非常に多いことに原因が求められる。
職場や学校への送り迎えは当然のこと、仕事中でもメールの返事を送らないと浮気を疑われるような事態が起きたりする。
どれだけ自分のことを気にかけ、心配し、ちやほやしてくれるかがその男性への恋愛上の信頼となる。
タイでは異性へのアプローチはあくまで男性から発せられるべきでるという、日本ではおおよそ前時代的になった観念が強く、女性はそれを「受け入れる」立場に徹する。
相手の選択に関する自由は男性の側にあるが、女性にはその関係に対する受諾/拒否の選択権があるため、どうしても男性は粘り強く甘いラヴ・コールを送り続ける必要に迫られる。

 また、タイ人女性はやきもち焼きであることが一般的である。
そのために、タイ人の恋人がいるのに他のタイ人女性と密接な女友達であり続けるのは困難である。
日本では比較的男女の友情が認められているが、タイではいったん交際が始まると、それまで仲のよかった交際相手の友達である女性たちがいっせいにその男性との関係を薄くしようとする。

 タイ人以外との恋愛の受容性は極めて高い。
これは自分自身が日本人であるためかもしれないが、まず、タイ人男性とだけしか交際の範囲を考えていないという女性に出会った記憶がない。
それどころか、タイ人男性の浮気性を指摘して、積極的に外国人男性との交際を求める女性が相当数に達する。
恋愛ではなく一般的な気立てとして、男女ともに外国人への受け入れ姿勢が柔軟であるところがもともとあるため、それが恋愛になってもそのまま活かされている格好だ。

 年中基本的に暑いため、タイ人の多くはプライヴェートを自宅で過ごす時間が多いので、友達や恋人と知り合うきっかけが少ない。
そのため、反対に知り合った人との運命論を信じているところがある。
物事を分析したり客観的に考えることが苦手なので、現在進行している恋愛に絶対的な信頼を置くようになりやすい。
ただし、これはタイ人男性の項で述べたことだが、タイ人男性には浮気性の人が多く、タイでは男性がミヤ・ノイと呼ばれる愛人を持つケースがけっこう見受けられるので、タイ人女性の信用を勝ち取るまでには概して時間がかかる。
最初からしばらくの間のデートは、彼女の友達が同席するような形で進んでいくのが一般的だ。
男性がアプローチしてから40回目のデートでやっと交際を認めてもらえるようになったというような話をよく耳にする。

 これとは反対に、女性に携帯電話の番号などを尋ねると、ほとんどの場合教えてくれる。
このほかにも、男女を問わず年齢や月収に関する質問にも快く答えてくれる傾向がある。
デートに誘っても、女友達や家族を伴った形であると、すんなり事が進んだりする。
ただし、ふたりで会えるようになるまでにはけっこうな時間が必要となる。
入口は広く、そこから先の道が細いのがタイ人女性との恋愛の一般的な形である。

 タイ人女性には甘い言葉を連発してほしがる傾向がある。
「ラック(愛している)」や「キットゥン(焦がれていてさびしい)」という類の言葉が頻繁に用いられ、自身もそれを聞いて納得したがる。
ここにもタイ人男性が基本的に浮気性であることが影を落としていると考えられるほか、タイ語自体にストレートな伝達言語である特性が強いという理由もあろう。
また、日本人が島国的な「あなたの意識は私の意識とほとんど同じ」だという発想からできているために、愛情そのものを言語で何度も確かめあうことがかえって相手の不快感を誘うと考えるような特殊性を持っているというふうにも言える。

 浮気には非常に厳しい。
タイ人男性の浮気性のため、女性の側の立場は必然的に浮気を徹底的に許さない立場となっていくのだろう。
実際に浮気が発覚した夫を殺害するケースはしばしば報告されており、男性器を切り取ってアヒルに食べさせたという事件もある。

 また、結婚しても女性が働いていることが多く、男性よりも根性があるので、最終的には女性が男性の分まで稼いでいるケースは、特に地方に多い。
上記のような理由で離婚率も高いから、女性が一人で子育てをしていることもしばしば。
ただし、離婚率の高さには、男性だけでなく女性の側にも問題はある。
地方では依然として結婚年齢が低く、22歳くらいになるとすでに同年代の友達はだれもが結婚しているという状態になりやすく、まだ人生の伴侶を選ぶには人を見る目が備わっていないうちに、情熱に任せたり焦りがあったりする中で結婚してしまうケースが多いからだ。
さらに、上記のような女性本位的な恋愛観を持つ女性が多いため、男性がそれについていけなくなる側面もあろう。

 非常に噂好きでもある。
職場でちょっとした話題になりそうなこと(特に恋愛ネタ)は、翌日になるとほとんどのタイ人女性がそのことを知っていると考えた方がいい。
キャラクターの固定化が激しいため、一度信頼を失うと、その後もずっとその団体内では評価されない。
タイ人は職場を変わってスキルアップすることが標準だし、呼び名もあだ名が社会での一般となっているので、場所によって新しい名前を名乗ることもできて、自身の評価が修正不可能になった場合にはすぐにその環境を飛び出してしまう(これは男性とも共通する)。

 タイでの母親の地位は相当な位置に格づけられている。
小学校教育から母親への愛と絆を学ぶタイ人にとって、母親とは世の中で最も頭が上がらない存在であると同時に、同じ世の中で唯一無条件に涙を見せられる人でもある。
マザコンという言葉の過敏症的な拡大解釈によって、母親と距離を作ることが自立への大きなスタートとなる日本のティーン・エイジャーとは、この点で大きく異なる。
そして、母親の家庭でのあり方もまた、日本人としての感覚からは理解しがたい部分が多い。
「週末にはどこに行っているのかわからないが、毎週いなくなっている」「料理を作っているのは、見たことがない」「自分の友達と話しこんだりする」「テレビばかり見ている」といった自由な姿から、「空港で『ラック・メー』(お母さん、愛しています)と抱擁することを求められる」「幼い頃は甘やかされたと思う」という溺愛ぶりまで、振れ幅が非常に大きい。



4 年齢

子ども

 いつの時代にも、どの世界でも、子は宝だというのは変わらぬもの。
しかし、親との関係において、それぞれの国にはおのおのの特徴があるものだ。

 まず、日本人の目から見たタイ人の子育ては甘やかしに映る場合が多い。
子に対して「アオ・チャイ」(ご機嫌取り)という言葉を多用し、まずは子どもから好かれようとする態度が目につく。
そのせいか、タイ人の子どもには茶目っけですべてを許してもらおうとする気分が漂っている子が多い。
いわば、末っ子的アプローチが子ども全般に行きわたっている印象を受ける。

 次に、親が放任している時間が長い。
子どもが何に興味を持ち、どういう仲間と過ごし、どういう時間を過ごしているのかといったことに興味がないのではないかと感じられることもある。
いいように言えば本人の道は本人が決めるべきものだという態度で、風通しがよい人間関係であることには間違いがないのだが、親子の絆を絶対視するタイでは、それが切れたり、親のメンツをつぶすようなことをしなければ、それ以上は親の踏み込むべき領域ではないという解釈から、親自身も好きなように生きているふしがある。
親が子の範となるべき存在となるべく精進する日本とは違い、親は子にとって存在そのものが敬愛の対象であり、親が子を捨てたり暴力をふるったりするようなことがないかぎり、自己成長のために疑いの目を向けてみるといった機会が与えられることはない。
これは、プーミポン国王と、国王を「父」と仰ぐ国民の関係に酷似している。

 また、少し財力に余裕のあるタイ人は、メー・バーンと呼ばれるメイドを雇うことが多く、子育ての業務的な部分を彼女に任せることもよく起こる。
母親が愛情を授けるいいところ取りをして、実質的な教育部分から逃れることができるようになっている。
ちなみに、タイ人女性は家事や育児よりは商売に目配せをする傾向が高い。このようにして、タイ人の子どもには二人の親――メー(母親)とメー・バーン――が存在するということがよく起こっている。

 タイ人の、特に女性は子どもを非常にかわいがるところがあって、他人の子どもであっても「かわいい!」とキャーキャー囃したてるだけでなく、実際に面倒もよく見てくれる。
これはまだ共同体意識が強く残っている地方やその出身者によく見られる(バンコク出身者の方がドライな人の割合が多いのはすぐに理解してもらえるところだろう)。
鉄道やバスなど公共交通の車内では、お年寄りや妊婦だけではなく、子どもにも座席を譲る習慣が広くいきわたっているが、これには首を傾げる日本人が多いだろう。

 こうして親や周囲から終始ちやほやされていることから、タイ人の子どもは概して他人に無頓着である。
人見知りが強く、無愛想で、恥ずかしがり、公共の場で他人に迷惑をかけることがあっても、親は友人との話に夢中でまったく意に介していないというような光景を、どこでも見かけるはずだ。

 この反面、親に対する絶対服従的な姿勢が、DVの蔓延を招いているとも考えられる。
こうした子どもが何かを訴えるようなさびしげな目つきでいるのを見つけることもよくある。
また、DVではなく、躾として子をたたく習慣も残ってはいる。
この境目について喧々諤々するというような観念的な議論を、タイ人の多くは好まないうえ、タイの親子関係はお互いに甘える・甘えられるの関係=絆と考えられているふしがあるので、家庭内での暴力についても親の「自分への甘さ」となっているとも考えられる。

 親も子も「基本的人権」が侵されないかぎり自由で、子の精神的成長に対して親は責任から解放され、愛情というオブラートに包まれた子は宝という言葉そのままを実践している。
タイ人の個人主義はそこまで進んでいる。


青年

 高校生あたりまで、タイの青年たちは基本的に子どもらしい風情を漂わせている。
「子ども」の欄で書いたように、恥ずかしがりやで人見知りで、自分たちのサークル内以外のことには無関心である。
ただ、エリート層はすでにこの時期に将来を背負う意識を持たされるので、遊ぶことには熱心だが、面倒なことにはできるだけ関わろうとしない庶民的なタイ人層とはこの時点で差が開くこととなる。
バンコクでは血気盛んな職業訓練校の生徒どうしがひどい暴力沙汰を起こして衝突することがしばしばニュースで流れるが、他の層からは冷ややかな目で見られている。
これに対して、地方の青年たちは、一度知り合いになると非常にフレンドリーである。
タイ国鉄などの長距離線のボックス席に乗り合わせると、よく興味本位に声をかけてもらったりする。

 大学生以上になると、次第にタイ人本来の社交性を開花させる青年が多い。
クラブ遊びはその典型的な例であろう。
タイ人女性が恋愛意識の芽をもたげるのもだいたいこの時期であり、それまでは片思いに終わるようなパターンがほとんどで、このあたりは日本人からすると時代がかった印象を受ける。
クラブでは純粋に自分の好きな音でからだを動かすことよりも、酒を飲んで、男女の出会いの場を求めているといった方が正しいだろう。
これはバンコク以外の地方都市でもある程度共通しているが、人口の少ない地方都市ではどうしても顔ぶれが似通ってきて風通しいの悪い、すぐに噂が蔓延するような人間関係になりがちではあろう。

 タイ人の若者たちのスポーツといえば、タックロー、サッカー、フットサルといった蹴球か、ムァイ・タイ(モエタイ)であろう。
タックローは籐で編んだボールを用いて、テニスやバレー・ボールのように相手のコートに蹴り落として得点を挙げる。
こちらは様々なタイ人男性に人気である。
一方、ムァイ・タイは低所得者層に愛好家が多いが、これは、貧困から一夜にしてスターダムにのし上がれるスポーツだから、という理由があるようだ。
ムァイ・タイそのものだけでなく、K-1選手などは日本人でもタイに修業にやってくることが多い。
そして、そのどちらにも足蹴りが関わっていることが興味深い。
どういう理由があるのか、どなたかお気づきの方がいらっしゃればご一報いただきたい。


壮年

 この欄は、一般的なタイ人像として他の欄で多くが紹介されていることなので、ここでは割愛する。

老年

 子が親を無条件に尊重し愛することが社会的に確立しているタイだから、これを言い換えると、年功序列社会であるともいえる。
40歳あたりからリタイアし、子の送金で生活している地方の人々は多く、ある意味ではタイ人は40歳を老年のゲート・ウェイだと感じているとも言えよう。
鉄道やバスなどでは座席を譲ったり、荷物を抱えていたら持ってあげたり、老人に対する道徳精神はまだ健在である。
ただ、それでも騒音が絶えず、通りを横断する歩行者に対してもクラクションしか鳴らさないバンコクは老人に優しい街ではない。
老年を迎えた時点で不自由ない生活を送れるだけの資金を手にした老人だけが快適に暮らせる。
辛辣な言い方だが、タイでは年功序列よりも財力が優先するのである。



5 国際結婚とその子ども

外国人とのなれそめ

 テレビ番組をご覧になると分かることだが、タイで人気の俳優やアイドルには、ハーフがかなり多い。
その多くは西洋人の父か母を持つケースである。
もともとインド系を思わせる顔立ちのタイ人も多いので、目鼻立ちのはっきりとしたルックスは、タイの中ではさほど浮き上がって見えるわけではないが、見かけが純正タイ人に見える若いアイドルや俳優がドラマで主役を張ったり、アイドル・グループの中でメインの役割を任ぜられたりすることの割合が低いことには、多くの外国人が首を傾げるのではなかろうか。
もちろんそこには、私たち日本人と同じような西洋人コンプレックスも含まれてはいると思うが、その主だった理由は、肌の色と鼻梁の形に起因するのではないだろうか。

 女性だけでなく男性に対しても、タイ人のほとんどは肌が白いことと鼻筋が高いことに執着している。
「オンバーク」「トム・ヤム・クン(邦題:マッハ!!)」などの主演で知られるイサーン出身の男優トニー・ジャー(ジャー・パノム)を好む外国人女性の気分を、タイ人女性はまず理解できないと思っていいだろう。
その普遍的なコンプレックスを持たずに済む手ごろな方法は、タイ人ではない相手と結婚することなのである。
結婚相手として外国人を選ぶことに抵抗がないタイ人は実に多い。
ただし、裕福層のタイ人にはこの傾向が極めて低い。
同じステイタスを有する者どうしの結婚が望ましいと考えられていること、その層としかつきあいを持ちにくいこと、親の意向が結婚に反映されやすいことなどが反映しているものと思われる。
ここでは以下、中間層か庶民層のタイ人と日本人との関係を中心に見てゆきたい。

タイ人が外国人との結婚に積極的なのには、いくつかの理由が考えられる。

@ 多民族国家内でのタイ人意識
 タイ王国ではタイ同化政策として、タイ語を理解し、国王を敬い、タイ人であろうとする者を積極的にタイ人だと認めようとしてきた国家である。
この融和的政策が功を奏して、国家分裂の危機を抑えることにある程度成功してきた実績がある。

 冒頭でも触れたように、タイ人と名乗る人々の容姿は顔立ち、肌の色、髪の質など十人十色だ。
彫りの深いマレー系やインド系の人もいれば、一重まぶたに髭の薄い中華系の人もごまんといる。
そして、そのおのおのの人々が自然な付き合いを持っており、容姿の美醜や経済的な階級以外の面で外見上での差別意識がほとんど見られない。
この民族の多様性への慣れ親しみこそ、他国家の異性とのガードを低くしている第一要因だろう。

A タイにいる外国人の特性
 実際にタイに在住している、あるいはタイを訪れる外国人の数が少なければ、異国者間の恋愛など生じるわけはない。
その点、タイは申し分のない条件を揃えている。

 タイには世界各国からの外資企業が入っている。
その中でも、タイには中小企業も多数進出していること、そして現地採用の外国人従業員も多いことがポイントだと見られる。
まず、大手企業の社員がタイに来るケースのほとんどは駐在員か現地社長の肩書きを持っており、そのどちらにしても任期は3年を目安としていることが多い。
タイの次の赴任地のことを考えた場合、タイ人との結婚が遠のくのが自然である。
また、このようにしてタイに赴任となる場合、一定の職能を日本での滞在期間中に身につけていることがほとんどで、その間に既婚となっている率が高い。
タイが性風俗を中心とする「男性天国」だというイメージから、企業の側でも独身者より妻帯者を赴任させたいという意向を持つところも多い。
この点で、中小企業従業者は滞在期間に関しても職能状況に関しても千差万別で、タイ人との結婚が実現する可能性が高いのである。
現地採用者なら、タイ以外への赴任となる確率もぐっと減るのは当然のこと。
自分のことをかまってほしがり、浮気に対する警戒心が強いタイ人との恋愛関係を継続させるためには、仕事以外の時間の余裕を生みやすい現地採用者に理がある。
例えば、シンガポールには商社や銀行の進出が多く、上記のような面でタイと大きな開きがある。

 いっぽう、旅行者にスポットを当ててみても、タイは東南アジアきっての観光地だ。
タイを目指して訪問する旅行者は、タイが「微笑みの国」と呼ばれていることをかなりの確率で知っている。
換言すれば、彼ら・彼女らはタイ旅行に現地の人々との接触を予感しているということでもある。
心の準備ができている状況から、そのふとした関係が恋愛へと昇華していく可能性もまた多いというわけだ。

B 人見知りの少なさ
 かつて食人の慣習を持っていたという部族には、「他人を見たら泥棒と思え」意識が横たわっている場合が多い。
危険を回避するためには先制攻撃を辞さず、のちに続こうとする者を阻止するため、見せしめとして食人を行うというわけだ。

 タイの場合はこの逆で、仲よくして懐に入れた状況を作り出して犯罪を防ごうとしているところが随所に見られる。
地方出身者が都会で同郷どうし寄り合おうとするのも、このセーフティー・ネットワーク意識からくる。
人見知りをして得体の知れない人間になるより、積極的に周囲と関わり、親しみを持たせるという方法論は外国人にも適用され、ここから恋愛が発生する可能性が広がる。

C 徹底したアマチュアリズム
 タイ人気質の特徴の一つに、向上心の低さがある。
ここでいう向上心とは、実際に仕事を覚えようとしないとか、自分の生活をよりよくする気がないという部類のものではない。
物事に対するこだわりのレンジが狭く、ごく限られた自分の興味以外に対する関心を極端に低く取るのである。
日本人が様々な物事のハウトゥーを知りたがったり、恥をかかないための工夫をするのと好対照に、庶民派タイ人の多くは「恥をかかないようにするために、余計なことに自ら手を広げない」「自分の世界を広く取らず、その中で充足する」ことをモットーとしているように見受けられる(当然、この発想には自身の資金力の問題も関わっており、一概に「性向」とだけに言いきることはできない)。
そういう意味合いにおいて、裕福層以外のタイ人の多くはアマチュア原理主義者なのである。
この傾向は恋愛にも反映しており、外国人と結婚した場合に考えられる摩擦や、ハーフとなる子が将来抱えるであろう苦労を想像することなく、相手に恋愛感情を持っているという一点張りで結婚することを可能にしている。

 もちろん、「自身の世界を狭く取る」ことと、外国人との結婚は矛盾しているようにも見えるだろう。
だが、日本の若者たちが「自分探しの旅」に出るのに、日本国内の他地方ではなく海外を志向するのとある種同じように、アマチュア主義者でもある程度想像のつくタイ人どうしの結婚よりも、もっと遠くにある未知への憧れと可能性を闇雲に信じて外国人との結婚に走る傾向が生じるのだと考えられる。
アマチュアリズムに基づくメルヘン志向とでもいうべきだろうか。

D 仏教徒が多い
 もちろんキリスト教徒であれば西洋人との結婚はより容易だろうが、マレーシアやインドネシアなどに多いイスラム教徒の場合、配偶者のイスラム教への改宗が必要である。
よく知られていることでは、毎日5度の礼拝が欠かせない、ラマダンの時期には日中の断食が必要である、豚肉を食することが禁じられているなど、3大宗教の中では厳格な部類に属するので、それなりの覚悟が必要なうえ、未婚女性の異性への接触にも禁止が多く、出会いの機会も少なくなるだろう。

 こういった点で、仏教は戒律に緩やかであり、仏教は宗教というよりも生活信条に近いと提言する人もいる。
この間口の広さが異国人との結婚を容易にしていると考えられる。

E 親との同居率
 地方出身者の場合は特にそうであるが、結婚後に配偶者の両親と同居する確率が低い。
中流以下のタイ人の場合、結婚後もダブル・インカムを目指して夫婦ともに働くことが多く、両者が就職口に困らないということで、夫婦は結婚後に比較的大きな街での生活を続けるケースが目立つ。
また、両親の暮らす家が街中にあっても、お互いの自由のために別居となることも多い。
どちらにしても、外国人配偶者が男性の場合は、自身の職場への通勤圏内での生活を余儀なくされるケースが圧倒的であろうから、独身女性が実家を出ていることで、出会いから結婚までの道のりが近いものになりやすい。

 また、のちの「友達」の欄で紹介するように、日本人からすればタイ人は友達作りがうまくないので、たとえ友達と共同生活をしていても寂しさを抱えながら暮らしている率が高い。
一人では眠れないという女性もまた一般的で、男性の出番が他国より多い。
その一方で、タイ人男性の一般像が「浮気性」「責任感なし」「甲斐性なし」というものなので、お鉢が外国人男性に回ってくるようになる。

F 地域社会の重視
 犯罪に対する防御策など、地域社会の結びつきがタイでの人間関係に及ぼす力は大きい。
たとえば適齢になった女性が都会へ働きに出る場合、親戚筋や近所の誰かのいる場所へ、つてを頼ってやってくることが非常に多い。
タイ社会で通用している名前は、実名ではなく「チュー・レン」と呼ばれるいわゆるあだ名で、名前に泥がつくことがあればすぐにでも名を変えてしまうことができる。
終身雇用ではないので、少しでも条件のいい職場が見つかれば退職を口にするでもなく次の日から出社しない。
携帯電話にプリペイドが多く、身元の割り出しにも不向きである。
無法者や迷惑を起こしやすい人間にとって、タイという国は実に潜伏しやすい環境にある。
だからこんなタイでは、地域ネットワークに絡んでいる「顔見知り」が「信じられる人間」とイコールになりがちだ。

 ところが、裏を返せば、噂好きのタイ人ネットワークの網の目の中で、スキャンダルもすぐに実家周辺に飛び火する可能性も高い。
そこで外国人の登場である。
相手が外国人なら、もし結婚がうまくいかなかったとしても、お互いの文化の違いや感覚の違いのせいにして棚上げが容易なのだ。
また、地元で相手を紹介するにしても、ある種のコンプレックスから当事者以外が口を挟みにくい。

 そんなわけで、今日もまた新しい出会いは繰り返されていく。


国際結婚事情

 もはや何の珍しさもない国際結婚。
だがちょっと待ってほしい。
タイ旅行が全海外旅行者数の7パーセントを超えるほどメジャーになったとはいえ、在住者の僕にもまだまだよく分からない未知のタイが延々と広がっているように、国際結婚にも、自分がその身になってみないと実感できないことが山脈のように連なっている。
知識はあったものの、自身の体験として実感できなかったことが多いのだから、ここに国際結婚事情をあげつらってみても、果たしてこれから国際結婚をしてみようという人への参考になるのだろうか、疑念は大いにある。
しかも、その内容には楽しくないものが多くなってしまうだろう。
それでも僕がここにいくつかのことを書き残すのは、もはや国際結婚した自分のメモ書きを残したいからなのかもしれない。

メリット
 日本人どうしだと、男女の間で距離の取り方が問題になることがしばしばある。
阿吽の呼吸でのキャッチボールが相当に高いレヴェルで要求される日本的な男女関係では、適切な距離感がつかめないとお互いが不安定になりがち。
仲がいいのに越したことはないが、相手に寄りかかってしまうことの方が自分を見失いがちなので、どちらかといえば距離を離すことの方が好まれる傾向があるだろう。
しかし、国際結婚ではそんな杞憂はご無用。
なにしろ、どうにも埋められない距離が常に用意されているからである。
相手と自分が共通したバックボーンを持っていないということは、相手への許容範囲が広がることでもある。


〜つづく〜


6 友達


7 


8 



◆暮らすことと、旅することとへ◆  ◆トップ・ページへ◆







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送