「語学学習」なんていうとしかつめらしいけど、言葉を交わすことは「確かに相手とかかわった」という証拠。
「トイレはどこ?」でも、立派なコミュニケイションだ。
さあ、ガイドブックのタイ語インスタント・アドバイスのページを捲って、「タイ」という国の横顔に、話しかけてみよう。


1 日本でのタイ語世界

 日本のとある老舗タイ・レストランで食事していたときのことだ。
勘定を済ませたら、急にウェイトレスの女の子に話しかけられた。
「あの。タイ語をされているんですか?」。
僕は返答につまった。
「いや、料理人のおばさんたちが、『あのお客さんは常連さんだから、きっとタイ語を習ってたりするはずだよ』って教えてくれたんです」と、彼女は説明した。

 しかし、それで僕はいっそうわけがわからなくなって答えに窮した。
実は、僕は当時バンドでドラムをたたいていたものだから、てっきり彼女が「太鼓をされているんですか?」と聞いたのだと思い込んでいた。
最初の質問で僕が返事に困ったのは、若い女の子がどうしてドラムといわずにわざわざ太鼓というのだろう、という素朴な疑問だった。
そうしたら、料理人のおばさんたちが教えてくれたという。
だって、おばさんたちはタイ人じゃないか。
どうして、僕がバンドをやっているのを知っているんだ?
不可解は不可解を呼ぶが、敢えて僕は日本人の独壇場であるお得意の意味のない笑顔を浮かべながら、曖昧模糊と「ええ、まあ」と受け流す。
彼女はもっと何かしゃべりたそうだったが、僕はもう、気づかぬふりをして店を慌て気味に出るのがやっとだった。

 ずいぶん後になって、「あ、あれは太鼓ではなくて『タイ語』だったんだ」と気づいたのは、自分がそのとき、「日本でタイに興味を持っていたり、タイ語を習っていたりする人がいたら知り合いたいな」とぼんやり思い始めたからだ。
それで、タイ・レストランでバイトしている彼女の気持ちがわかったからだ。
つまり、僕は、その当時タイ語は皆目わからなかった。
知っているのは、本当に基礎的な、「こんにちわ」と「ありがとう」、それにバンコクが「クルンテープ」と呼ばれているのだということだけ。

 しかし幸か不幸か、そののち僕は生きたタイ語を四六時中聞ける土地に居を移す。


2 旅先としてのタイ語世界

 確か下川裕二さんがタイ語を習い始めたときのお話で、「どうしてあなたはせいぜいこのタイでしか使わないような言葉をわざわざ勉強しようというのか?」と周囲のタイ人たちに不思議がられたというエピソードがあったように思う。
それはまあ、そのとおりではある。
英語はもとより、華人・華僑世界のための中国語、金満国イメージだった日本のための日本語、旧インドシナ三国(ラオス、カンボジア、ヴェトナム)であれば元宗主国であるフランス語などの語学学習というのは誠に資本主義的な理に適っている。
僕だって、せっかく少しは覚えたタイ語を、日本ではどんなふうにも使えない自分に気づく。

 ただ、日本という国は行くところまで行き、語学学習ということも駅前留学風味の軽やかさでタイ語を覚えようというレヴェルまで到達したのだとも言えよう。

 さて、旅行地としてバンコクだけを考えた場合、英語の通用度は低くはあるが、そんなに無理せずともそれなりに過ごせる。
これにはチェンマイやプーケット、サムイ、パタヤー辺りまでを含めて考えてもよいだろう。
しかし、タクシーやトゥクトゥク運転手に英語が通じないことはよくあるうえ、乗り物に限らずタイ語ができると料金をぼられないで済むことが非常に多い。

 バンコクっ子の一大遊園地、サイアム・パークでは窓口のプレートにタイ語と英語のそれぞれの料金表記があり、入場料が異なる。
僕がタイ語で窓口のおばちゃんにチケットを頼んだら、おばちゃんに「どこの国の方ですか?」と尋ねられた。
日本人だと正直に言うと、「外国人用でもパスを買ったら外国人料金よりも20バーツ安くて1年間有効ですよ」とおばちゃんはアドヴァイスしてくれた。
こういったケースもある。

 「こんにちわ」「ありがとう」をクリアした後は、数字と「いくら?」。
これができる/できないで買い物や交通利用の便利さがうんと違ってくる。
そして、その次に覚えておきたいのが「トイレはどこですか?」と「トイレット・ペーパー」。
とっさのときにはタイ語の本なんてカバンの中をごそごそやっている余裕などない。
タイは都市部の一部以外はトイレット・ペーパーを使わず、左手を使って水で尻を洗ったのち、石鹸で手を洗うようになっている。
持ち歩くのが一番だが、万一のために覚えるのが賢明。

 よく指摘されていることだが、「地球の歩き方」Kタイに掲載されているタイ語の基礎講座「タイ語サワディー」は非常によくできていると僕も思う。
タイ語は中国語と同じで語の活用や時制による変化をほとんどしないが、単語の配列によって意味合いを形づくる。
そのことが一目で判るようになっている。
入門には最適ではないかとご推奨させていただく(98年版以降の改訂で、上に挙げたような方式のタイ語紹介ではなくなってしまい非常に惜しまれる)。


3 生活としてのタイ語世界

 暮らしの中での職場の位置付けというものは、誰にとっても非常に大きなウェイトを占めるのは確か。
だがことさら、海外生活ではその影響は甚大なものになる。

 日本に暮らす感覚から考えて、タイの社会は貧の方の底も深ければ、富の方の岳も相当高い。
女子大生がサイアム・スクエア(バンコク中心部にある若者のメッカ。
東京でいう渋谷、とよく紹介されている)で一日に使う額が2万バーツ(日本円に単純換算すれば6万円だが、現地感覚のレートを言えば、17〜8万円の価値があると僕は思う)だと聞く。

 何も金銭的なことばかりではない。
一方でアセアン随一の経済大国でありながら、いまだ発展途上国としての認知であるこの国の多種多様ぶりは、ますます混沌とした状況になりつつある。
そんな中でその個人個人の職場環境というものは、相当にドラマティックであったりするのも当然であるように思う。
そこで使われているタイ語・日本語・英語等の状況というのも、それぞれにまったく異なる。
どんなタイ語が上手になっているかは、語学学校に通ったり先生に付いたりした以外では、その人がタイでどういう生活を送ったかを物語る。

 だから、僕には「生活の場としてのタイ語世界」なんて荷が重過ぎる。
本当に簡単な、メモ書きを残すだけにここはとどめさせてほしい。

 自分の好きな料理のメニューは自然と覚えるものだし、タクシーに乗ったりすると、必要に迫られて行き先の説明をするくらいのことは勝手に身につく。
そういうこと以外にもう少し何かしゃべりたい、と思ったときから、本当の意味でのタイ語生活学習が始まる。
僕は語学学校に通ったことがない。
タイ人に聞くか本をあたるかでタイ語を少しずつ覚えた。
だから、語彙もそう多くはない。
ただ、幾人かのタイ人から発音を褒められたのは嬉しかった。
ラーチャダムリ通りにあるタイ語学校、AUAではタイ語の発音が耳に慣れるまで生徒に発音をさせないと聞いて、我が意を得たりと思うところがある。
生活の場がタイになったのであれば、時間をかけて自分らしいタイ語世界を徐々に広げてゆくのも面白いと思う。


口語的な、ちょっとしたタイ語


 タイ語学習の余暇として、ちょっとした、現地でよく耳にする話し言葉をメモ書き程度に記しておく。
学習書にはあまり載っていないものもあるし、タイ関係の本のコラムなんかにちょろっと載っているものは、どこに載っていたか後で探すのが厄介だ。
発音記号や声調が詳しく記載できないなら、どっちみち即戦力にはならないが、遊び心として読んでみてほしい。

ルーイ(まったく)
 マイ・サイ・プリック・ルーイ(唐辛子はまったく入れないで)
 ケン・チャン・ルーイ(本当に上手だね)
 ※「ル」は「イ」の口の形で「ウ」を多少あいまいに発音。声調は高音。

オー・ホー(驚きの言葉で、おどけて大げさぶったビックリぶりを表す)
 オー・ホー! ミー・アライ(おいおい、なんだなんだ!)
 ※オー(高)ホー(低〜高)という音の高低で、抑揚をはっきりと。あと、「オー」のときは唇を丸くすぼめて。

ラップ(眠りにつく)
 ラップ・ルー・ヤン?(寝てた?)
 ラップ・レーォ(寝てたよ)
 ※「プ」の音は発音せず、口を閉じたままにする。「ラップ」は元来は「迎える」という意味。

スッ・ジョー(最高)
 =文中ではなく単体で使われる場合が多い=
 ※「ジョー」は「チョー」との中間的発音。「スッ」が高音。

チャイ・イェン(涼しい心)
 チャイ・イェン・イェン・ナ(ちょっと落ち着いて)
 ※「ジャイ・ジェン・ジェン」との中間的発音。

スィー(〜しなよ)
 マー・スィー(おいでよ)
 ※「シー」との中間的発音。低い音で発声。

ンガイ(〜はどうなの?)
 マー・レォ・レォ・ンガイ(どうやったら速く来れたというんだい?)
 チュー・カン・ンガイ(どうやって会おうか?)
 ※鼻から「ガ」の音を抜くような発音で(「案外」という発音のときの「ン」の音に近い。「案内」の「ン」と比較してみると違いがわかる)。「ヤンガイ」の短縮形。

ナ(〜ね)
 ポップ・カン・マイ・(また会おうね)
 パイ・メジャー・・クラップ(メジャーに行ってくださいね)
 ※「ナ」は高音。「〜です」を表す「クラップ」(男性)「カー」(女性)と併用するときは、日本語と逆で、「ナ」が先にくる。

ユ・イェ(たくさん)
 パック・ポーン・ユ・イェ・ナ(ゆっくり休んでね)
 コン・(人がいっぱい)
 ※最初の「ユ」は「ヨ」に近い発音。最初の「ユ」だけでも意味として通じる。同義の「マーク」よりも口語的。



タイ語について知っている2,3の事柄



これまでにタイ語を学習機関などで学んだことがないので、的外れなこともあると思うが、タイ語は日本語との共通点がいくつか感じられる。それらを思いつくまま列挙してみたい。
・ 3と4の発音がそれぞれサームとスィー、6がホクである(中国語でも3と4の発音は日本語にかなり類似している)。
・ 補助用言のいくつかが日本と同じ手法で用いられている。
  例えば、「試してみる」はローン(試す)・ドゥー(みる)となり、同じ「ドゥー」という言葉に「目で見る」と「やってみる」という二つの意味がある。
  他に、「スー・コーン(買い物する)・ユー(いる)→買い物している」「アティバイ(説明する)・ハイ(あげる)→説明してあげる」なども同じパターン。
・ 「コォ」は「〜も」という意味で用いられるのだが、「僕」は「ポム・コォ」となり、「〜でよい」は「コォ・ダイ」となる。
・ 文末に使う「ナ」は「〜だね」という感じで用いられるが、ニュアンスが日本語と似た曖昧さを持っている。


〜つづく〜

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